Thứ Sáu, 8 tháng 5, 2015

幸せの聖地アーチ橋を記念撮影の場に。長崎県平戸市

幸せの聖地アーチ橋を記念撮影の場に。長崎県平戸市


【5-03】 (長崎新聞社、文・荒木竜樹、写真・緒方秀一郎)を引用編集

「幸せの聖地」として幸橋をPRしようと平戸なでしこ会が開いたイベント

 「わあ、きれい」―。長崎県平戸市中心部にある国重要有形文化財の石造アーチ橋「 幸橋 (さいわいばし) 」で純白のドレスとモーニングで写真に納まる夫婦に、居合わせた観光客が思わず声を上げた。
結婚式の一場面のようにも見える。
だが、ポーズを取っていたのは、金婚式を迎えたベテラン夫婦だった。

人口減に伴い、挙式件数が年々少なくなる平戸市。
危機感を持った貸衣装やメーク、カメラマンなどブライダル産業に関わる7人が2011年「平戸なでしこ会」を結成した。
世界遺産登録を目指す田平天主堂など絵になる風景を背景に、結婚式などお祝い事の写真を撮る「平戸マリアージュ」の取り組みを始めた。

 とりわけ、1702年に架けられた幸橋は"幸せの聖地"としてPRの柱に。
撮影スポットとしての活用のほか、平戸を知り抜いた会員らがプロデュースした人前結婚式などのイベントを開いた。

 長嶋美智 (ながしま・みち) 代表(56)は「都市部のようなおしゃれな式場を作っても長続きしない。細かいニーズに対応することが大切」と強調する。

 行政も注目している。
人気を集める同市の「ふるさと納税」の特典カタログに、本年度から同会の写真撮影と市内の旅館での食事をセットにしたプランが登場した。
市は「掲載によって観光客の増加につながるのでは」と期待する。
長嶋代表は「撮影の時は親族も一緒に平戸に来てくれる。
食事や宿泊につなげ、地域経済を盛り上げたい」とお祝い事の写真を軸に、人の流れをどうつくるかを模索している。

:2014/8

Thứ Năm, 7 tháng 5, 2015

鉄道ファンが廃線を復活、観光スポットに。岡山県柵原 (やなはら) 鉱山


鉄道ファンが廃線を復活 新たな観光スポットに

【5-02】 (山陽新聞社、文と写真・小畑誠)を引用編集


旧片上鉄道の車両が復活運転されている柵原ふれあい鉱山公園
硫酸の原料、硫化鉄鉱を産出し、東洋一といわれた旧 柵原 (やなはら) 鉱山で栄えた岡山県北部の美咲町柵原地区。
瀬戸内海に面した 片上 (かたかみ) 港(備前市)まで鉱石や人を運んだ旧片上鉄道(片鉄、33・8キロ)の廃線と駅の一部が"復活"。
懐かしい車両を運行し、町を代表する観光スポットになっている。

手掛けるのは、県内外の鉄道ファン約30人でつくる片鉄保存会。
町の委託で月1回、旧 吉ケ原 (きちがはら) 駅を公園化した「柵原ふれあい鉱山公園」で運転会を開く。
わずか約300メートルの旅路ながら、第2次大戦前につくられた希少なディーゼルカーや客車に乗り、ゆったりした時間を過ごせるとあって、毎回家族連れやカップルらでにぎわう。

 運転会以外にも、町のイベントに合わせた臨時運転や飼い猫「コトラ」「ホトフ」の駅長起用、駅舎近くでのカフェ開店など魅力アップ策を推進。
乗客数は1998年の運行以来、延べ2万人を超える。

 需要減により鉱山が閉鎖した91年、片鉄も60年以上の歴史にピリオドを打ち、火が消えたようになった柵原地区。
元保存会長の 森岡誠治 (もりおか・せいじ) さん(43)=広島市西区=は「輸送の役目は終わっても、地域を元気にする鉄道であり続けるよう頑張りたい」と力を込める。

Thứ Tư, 6 tháng 5, 2015

5月15日 10時~ 「図解で見る 天海僧正」 (桑原政則 )

公開歴史講座「図解で見る 天海僧正」

桑原政則 NPO武蔵観研会長

日時:2015年5月15日(金)  10時~12時

場所:川越 もっこ館  古民家カフェー2階

参加費:資料代 200円と珈琲代 350円を
ご用意ください。事前申し込み制です。

申し込み事務局:049-224-8967

地図: 〒350-0824 川越市石原町1丁目18 もっこ館  高沢橋近く
         地図




もっこ館 【2.+】










Thứ Ba, 5 tháng 5, 2015

川越・石原町の老舗材木店 カフェに変身。三澤さん夫妻「町を盛り上げたい」 


東京新聞 2015/03/29 を編集

川越の老舗材木店  カフェに変身。三澤さん夫妻「町を盛り上げたい」 
対象・昭和の「お宝」展示室も

 川越市石原町一の三澤友久さん(65)、多希子さん(60)夫妻が、大正時代から続く材木店の建物を改装して
    「もっこ館カフェ・テラス」
を開店。

隣接して大正から昭和にかけての生活用品や雑貨を展示する「くらしの展示小屋」もオープンした。
三澤さんは「石原町は菓子屋横丁に近いのに観光客を呼び込む仕掛けがなかった。何とか町を盛り上げていきたい」と話している。 (中里宏)
昭和30年代のテレビ、ステレオ、生活道具でいっぱいの展示室
菓子屋横丁から約五十メートルの新河岸川(旧赤間川)を渡ったところが石原町。
川越は江戸時代から大正時代まで続いた新河岸川舟運の起点として栄え、石原町一丁目には旅籠(はたご)が軒を連ねる「石原宿」があった。

 カフェの建物も元は旅籠の建物で築百九年。
三澤さんが木工品を作って遊べる「川越もっこ館」を経営していた。
昨年、一念発起して「川越もっこ館」を対岸に移し、食事や手作りケーキ、クッキーが楽しめるカフェに改装。
二階はギャラリーとしても使えるフリースペースにした。

 カフェ店内からも入れる「くらしの展示小屋」には、三澤家の倉庫に保管してあった大正時代の大福帳や尋常小学校の教科書、昭和三十年代の白黒テレビやステレオ、足踏み式オルガンなどの「お宝」が所狭しと並ぶ。

 菓子屋横丁を現在の観光名所にした功労者で、コレクターとしても知られた田中利明さん(故人)から譲り受けた駄菓子のショーケースや、昭和初期の針金鉄砲などの雑貨もある。
田中コレクションの紙芝居自転車は、全国的にも珍しい女性紙芝居師だった遠藤ナカさん(石原町)が一九五五~六二年に実際に使っていた。

 雑貨類は並べ切れないほど多く、今も三澤さんがひまをみて整理中だ。
同じ敷地内にあった製材所も貸店舗三軒分の「うめえーもん・もっこ館」としてテナントを募集しており、三澤さんは「人の流れを呼び込んで、旧石原宿を知ってもらうきっかけにもしたい」と話している。
問い合わせは同カフェ・テラス=電090(2462)8976=へ。月曜定休。

条例定め伝統の温麺、良さ見直し。宮城県 白石 温麺 (うーめん)


条例定め伝統の温麺、良さ見直し。宮城県 白石 温麺 (うーめん)

【5-01】 (河北新報社、文と写真・瀬川元章)を抜粋編集



高級品の手延べ温麺の製造作業。麺をのばし乾燥させる光景は乳白色のカーテンのよう


 400年の歴史を誇る宮城県白石市民のソウルフード「白石 温麺 (うーめん) 」。
市議会で3月、「奥州白石温麺振興条例」が議員提案で成立し、地場の特産品の良さを見直す動きが出ている。

 条例は乾麺の業界団体が定めた「七夕・そうめんの日」(7月7日)にちなみ、毎月7日を「白石温麺の日」と決めたのがみそ。

 白石温麺の主原料は小麦粉、塩、水とシンプル。
そうめんよりやや太めで、長さは半分の9センチ。
江戸時代、胃を患った父の回復を願う息子が消化が良く、油を使わない製法を考案。

しょうゆ味のつゆで食べるのが一般的だが、ナポリタン、チャンプルーなど温冷、和洋中のレシピは多彩。
市内で和食店を営む 今井大助 (いまい・だいすけ) さん(44)は「麺が短くすすらなくても食べられるので、お年寄りや女性、外国人にも好評。
地元産の食材で新メニューを創作したい」と意気込む。

 市によると、2012年度の出荷量は1965トン、出荷額は7億5238万円。
乾麺全体の需要は減少傾向で、温麺も例外ではない。
奥州白石温麺協同組合の 吉見光宣 (きちみ・みつのり) 理事長(58)は「伝統ある食文化を後世に残すべく、若い世代に積極的にPRし、仙台、東京へと打って出たい」と話す。


徳川家康 コラム

  1. 徳川家発祥の地、松平郷
  2. 徳川家康:幼時は、織田と今川で人質生活
  3. 東海(愛知、静岡、神奈川)の旧分国地図
  4. 家康から信頼された出色の武将は榊原康政だった。熊谷充晃
  5. 川越・光西寺の大旗(おおはた)が指定文化財に。偏諱(へんき)とは
  6. 三浦按針(NK2012/11/5)
  7. 浜松城を「出世の聖地」に(NK2012/11/14)
  8. 【家康改葬】 家康はなぜ日光で「神」になったか。
  9. 川越の禅道場・養寿院の案内
  10. 「三方領知替え」で川越藩は庄内、庄内藩は長岡、長岡藩は川越へ。
  11. 品川駅は、今川駅だったかまも。大変換の品川駅。
  12. 川越藩初代藩主・酒井重忠:「堀川夜討の屏風絵図」を養寿院に寄進
  13. 「家康=北極星」により東照宮信仰を確立
  14. 東照宮の眠り猫は平和のシンボル
  15. 駿府の久能山東照宮
  16. 江戸城を守る5寺社
  17. 徳川家康:江戸幕府の創設者
  18. 徳川家康は260年の平和を構築
  19. 江戸時代の偉いところは外国と戦争をしていないこと。浅田次郎
  20. 家康改葬:家康はなぜ日光で「神」になったか。Sankei
  21. 「気は長く つとめはかたく …」
  22. 徳川家康の神号問題
  23. 徳川家康が、天皇の国から武士の国へ
  24. 家康の夢は、地上天国の実現
  25. 徳川家康の年表のページ
  26. 徳川家康の関係者
  27. 家康が珍重した八丁味噌
  28. 8月1日、1590年。徳川家康、江戸城に入る。
  29. 「没後400年 徳川家康 -天下人の遺産-」展。名古屋・徳川美術館

・・・・・・・・・・・
・復元進む家康ゆかりの名城。浜松城、駿府城、岡崎城
・日光 開山の祖・勝道上人が見出した神域
・静岡市の徳川慶喜のお屋敷跡「浮月楼(ふげつろう)」で舌鼓を打つ!

「家康公没後400年記念事業」
徳川家康のことば
地図  生誕の岡崎、出世の浜松、大御所の静岡

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


家康公検定 解答 生誕の岡崎、出世の浜松、大御所の静岡

+.)家康公検定 解答 生誕の岡崎、出世の浜松、大御所の静岡
.)幕末藩主の名字ランキング - 「徳川」は7位!

武田信玄は現場主義、徳川家康は合議制 童門冬二

船橋で「徳川家康公400回忌街歩き」 【コメント】天海の川越は?
静岡県で「家康楽市in浜松出世城」開催! 浜松産のパワーフード
“家康による江戸の都市計画” 意外と知らない東京の歴史
家康公アプリでゆかりの地巡ろう
 最後に笑った家康でしょ。浜松の新名物『出世土産』が登場
・家康と東本願寺、宝物に見る親密さ 京都特別公開
・「家康のルーツ」豊田をPR 没後400年記念大会





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

桑原政則のコラム 
Twitter(桑原政則のフェイスブック履歴)



Thứ Hai, 4 tháng 5, 2015

「隼」が縁でローカル駅が"聖地"に。ライダー集う。鳥取県 八頭 (やず) 町

「隼」が縁でローカル駅が"聖地"に。ライダー集う。鳥取県 八頭 (やず) 町

【7-03】(新日本海新聞社、文と写真・浜田匡史)を引用編集


愛車と同名の木造駅舎で記念撮影をするライダーたち
鳥取県 八頭 (やず) 町にある第三セクター、 若桜 (わかさ) 鉄道の 隼 (はやぶさ) 駅へ、週末のたびにライダーがやって来る。
スズキ(本社・浜松市)の大型バイク「隼」と駅名が同じ。
それだけをきっかけに始まった"聖地巡礼"だ。

ローカル線にある古い木造の無人駅に変化が起き始めたのは2008年春ごろ。
インターネットや専門誌で紹介され、隼にまたがったライダーが訪れるようになった。

 ライダーたちをもてなそうと地元住民らは09年、「隼駅を守る会」= 西村昭二 (にしむら・しょうじ) 会長(70)=を結成し、駅舎の清掃やイベントを始めた。
毎年8月の第2日曜日には「隼駅まつり」を開催。昨年は約700台の隼が全国から集まった。

 「地元のもてなしが温かい」「道路に風情があり、交通量も少ない」―。
口コミが評判を呼び、若桜鉄道の沿線はツーリングスポットとしても人気が上昇。
他社製バイクの姿も増えた。
県と町の支援を受けて空き店舗を改装したカフェレストランも駅前にオープンし、交流を深める憩いの場となっている。

 ライダーと地元住民が相思相愛で育んできた"聖地"への熱い気持ちは、メーカーにも伝わった。
スズキは今夏、隼駅へのツーリングを呼び掛けるPRポスターを作製し、西日本の系列販売店などに配布した。

台風の影響で10月に延期された「隼駅まつり」への参加も決まった。

 遊び心から始まった取り組みは全国に伝わり、過疎にあえぐ町を勇気づけた。
西村会長は「ライダーのおかげで町に元気が出た。これからも楽しんでもらえるようにおもてなしをしたい」と話す。