Thứ Tư, 31 tháng 12, 2014

「不機嫌な時代」に日本は、何をなすべきか。寺島実郎。観光の川越は?


寺島実郎は、「不機嫌な時代」に日本と世界がすべきことを述べています。
まずは敷衍し、まとめます。

  • 世界は、<アメリカの一極支配>から<多極化>を経て、<無極化(Gゼロ)>に向かっています。
  • ロシアは、ウクライナ問題でつまづきマイナス成長におちいると見られます。
  • アメリカでは、オバマ政権が議会を共和党に支配され政権運営が厳しくなっています。
  • 中国も経済成長が減速し、内部対立が噴出しています。
  • アメリカは、アジアへの影響力を最大化することをねらっています。
  • 日本のなすべく役割は?
    ヨーロッパにおけるイギリスの役割をとること。
  • そのためには、「ぷちナショナリズム症候群」に陥ることなく、一次元高いレベルから、近隣諸国に向き合うことが重要である。
    領有権問題で、ベトナムやフィリピンは、中国に対して、戦闘的に出て欲しいとは思っておらず、成熟した民主主義の立場で向かいあってほしいと思っています。
  • 日本に必要なのは、アジアでリーダーシップを発揮することです。
    筋が通った理念をもち、主張を貫き、発言力を高めていくことです。

【 桑原政則:不機嫌な時代には観光で】

観光産業は平和産業、防衛産業です。
観光は相互理解の有力手段です。
世界は大交流時代です。
観光産業は、21世紀最大の産業です。
日本は、川越は、観光を通じ、
相互理解を深めることができるはずです。
日本は、高い理念をもって、さまざまな国と交流を深めることが必要です。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

以下、寺島実郎の発言の引用です。


寺島実郎 一般財団法人日本総合研究所(JRI)理事長

[東京 26日  ロイター] - 日米中のトライアングル関係において、日本はどのような立ち位置を模索すべきか。日本がアジアでリーダーシップを発揮するためには何が必要か。そして、アベノミクスは幻想なのか。日本総合研究所の寺島実郎理事長が、2015年の世界と日本を見通す。

同氏の発言は、以下の通り。

<不機嫌な時代>

世界は、冷戦後の米国による一国支配から「多極化」という時代を経て、もはや極という言葉では説明できない状況にまできている。つまり、「無極化」した全員参加型の秩序形成が問われ始めるのが2015年だと言えるだろう。

そのような全員参加型の秩序、つまり真にグローバル化する世界において、2015年はすべての当事者にとって「不機嫌な時代」が訪れる。例えば、ウクライナ問題で世界を手玉にとったかのように思われたロシアも、国際社会からの信頼が低下し、また足元の原油安で経済も悪化しており、2015年はマイナス成長に陥るとみられる。

一方、米国のオバマ政権はレームダック化し、議会が上下院ともに共和党に支配される中、ますます厳しい政権運営を強いられる。中国でも経済成長が減速するにつれ、国内で内部対立が噴出。中国政府のいら立ちは近隣諸国にも波及するだろう。

こうした世界状況において、日本は、特に米国と中国とのトライアングル関係の中で、どのように立ち振る舞うべきか。

もし日本政府にこう問いかけるならば、米国との連携を深め、中国の脅威に立ち向かいたいという答えが返ってくるだろう。しかし、そのようなパラダイムこそ考え直すべきだと私は思う。日米で連携して中国と戦おうというゲームは、極めて偏狭な思い入れであり、米国に対する日本の「片思い」にすぎない。

米国にとって最も大事なのは、アジアにおける影響力の最大化だ。日中両国に対して米国の影響力を最大化し、ぎりぎりまで双方の期待をつなぎとめながら、アジアにおける米国のプレゼンスを最大化するというのが米国のゲームである。

未来に向けた日米中関係において、日本は欧州における英国に近い役割を担うべきだと考える。英国は欧州から米国を孤立させない一方、米国に過大に依存する構造から抜け出している。日本もアジアで影響力を最大化しつつ、日本自身がアジアで孤立することも、米国が孤立することも避けるというストーリーを構築する局面にきている。

そのためには、日本はまず感情的な「プチ・ナショナリズム症候群」に陥っている現状から脱却し、一次元高いレベルから中国や韓国などの近隣諸国と向き合うことが大きなポイントとなる。これは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の人たちと話して痛感したことだ。

日本は領有権問題で連携するという発想でベトナムやフィリピンを見がちだが、実際にはこうした国々はそのような連携は期待しておらず、日本には高みから中国と向き合っていてもらいたいと考えている。彼らは、成熟した民主主義国家としての戦後日本の歴史を見つめている。戦前の日本のように、間違っても軍事的プレゼンスを高めてアジアの脅威となるような国を目指しているという誤解を与えてはならない。

では、日本がアジアでリーダーシップを発揮するには何が必要か。その鍵は経済力よりも、むしろ理念性にある。全員参加型秩序の世界で国益を貫きつつ発言力を高めていくために必要なのは、筋が通っていることだ。主張を貫く理念がなければ、このような時代でリーダーにはなれない。果たして日本がそれに耐えうるだけの理念をもっているかどうかが問題だ。

<つり天井の経済代>
…(略)

・・・・・・・・・・・

米中関係は相互依存が基本

チャイナ・ネットワーク(大中華圏)とは?

Thứ Hai, 29 tháng 12, 2014

世界はあと10年、Gゼロが続く。イアン・ブレマー。

世界はあと10年、Gゼロが続く。イアン・ブレマー。

ポストGゼロ、米中冷戦の危機 ブレマー氏に聞く
2014/12/24 日経を引用編集


ブレマーの要旨
  • オバマは本気で外交政策に取り組まない。リスク回避型。
  • 欧州の弱体化は続く。
  • インド、日本、ドイツが世界秩序で果たす役割が増す。
    • 10年後には、NATOは残っていないかも。
  • 新冷戦は起きない。
  • ロシアは衰退し、今日より小さくなる。
  • 中国は米国とは肩を並べるほどにはなってない。
    • 軍事力、技術力、外交力、文化力、ソフトパワー、大学の水準など低水準。
  • 世界はあと10年はGゼロが続く、創造的破壊の期間。
【※】
Gゼロとは、無極化の世界のこと。かつてはアメリカによる一極化の世界だった。0

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

ポストGゼロ、米中冷戦の危機 ブレマー氏に聞く 
2014/12/24 日経

 冷戦終了から25年、世界は新たな秩序を見いだせずにいる。リーダー不在のまま迷走する世界を「Gゼロ」と呼んだのが、米政治学者イアン・ブレマー氏。一体この四半世紀で何が狂い、これから何が起こるのか。世界の構造変化と、「ポストGゼロ」への見通しを聞いた。


 ――25年前に勝利したはずの資本主義と民主主義は色あせてしまったようにも映ります。なにが原因でしょうか。

 「理由はさまざまだ。まず米国の民主主義と自由市場主義が多くの人々を失望させた。米国は手本を示して世界をリードする力も意思も失ってしまったイラクやアフガニスタンでの戦争、最高裁までもつれ込んだ2000年の大統領選挙をめぐる混乱、2008年のリーマン・ショックと金融危機、数々の金融不正などが原因だ。米国家安全保障局(NSA)によるスパイ活動が暴露されたスノーデン事件などは、さらに打撃が大きかった」

 「第2に中国モデルが一応は成功しているのも大きい。自国政府に満足している人々は米国より中国人のほうが平均では多いのではないか。35年にもわたり、これだけの成長を遂げた国があることは、西側の民主主義、資本主義の勝利で人類の歴史が終わったとする(米政治学者フランシス・フクヤマ氏の)解釈に、無理があることを示す」

 「ロシアでは米国など外国から不当に扱われていると感じている国民の不満を背景に、独裁的な指導者が絶大な支持を得ている。中東地域でも一方ではイスラム原理主義が、他方では独裁的な政権が勢いを増している。東南アジアや南米、東欧などの多くの国々では民主主義が浸透したが、世界全体がその方向に進んでいるとは言い切れない」


■創造的破壊の時代

 ――大きな歴史の流れの中で、今の世界をどう表現すべきでしょう。

 「今、世界は創造的破壊の時期にある。地政学的上の秩序にとどまらず、国や個人のレベルでも創造的破壊が起きている。一般の市民が政治的意思を表明し、世に知らしめ、変化をもたらす力は、以前とは比較にならないほど大きくなった。この変化に対し、世界では3つの全く異なる反応が起きている」

 「第1は中央における権力の弱体化だ。米国が典型例だが、中央では大統領も議会も不人気で法律も通らない。一方、州や自治体のレベルでは移民、エネルギー、貿易、薬物対策、同性婚など多くの分野で経済・社会制度面での対応がとられている。自治を求める動きが広がる英国や、カナダ、スペインのほか、地方の指導者が首相や大統領になったインドやインドネシアの例も、分権化の1つの表れだろう」

 「第2の反応は、これと全く逆の中央での権力強化だ。もとから独裁的、強権的な国々では市民の要求が増した反動により、そうした傾向が特に強まっている。経済の改革を進めながら政治面の自由化は止まったままの中国や、プーチン大統領と取り巻きに権力が集中するロシア、アラブの君主が実権を握る中東湾岸諸国でも似た現象がみられる」

 「第3が、政府が忠誠心をもつ一部の国民の方ばかり向いて政治を行っている結果、国全体を統治しきれず、失敗国家になっているような事例だ。イラク、シリア、アフガニスタン、イエメンのほか、いくつものアフリカ諸国でそうした傾向がみられる」


――権力の分散、集中、そして混沌という3つの動きが同時に起きていると。

 「権力の分散、権力強化、そしてエントレンチメント(引きこもり、保身)と呼ぶべきかもしれない。興味深いのは自由民主主義の国家と独裁的な国家の差が一時より広がっている点だ。中国やロシアと、米欧や日本の制度は近づくどころか、どんどん差が広がってゆくはずだ」


■先進国の「中国化」?

 ――先進国が、中国の国家資本主義をまねるような兆しはないでしょうか。

 「存在感を増した中国がノーと言えるようになり、米国が自由市場主義に基づく経済ルールを世界に広めようとしても難しくなった面はある。その結果、米国や他の国々が、より戦略的で、産業政策のように映る対応をとるようになるかもしれない。そもそも日本などは、その方法で工業化を進めてきた」

 「米国は違う道を歩んできたが、政府によるIT(情報技術)分野の扱いや米国家安全保障局(NSA)とヤフー、グーグルといった大手IT企業との関係をみれば、米政府は明らかに戦略的な重要分野を意識し関与を強めている。つまり米国の自由主義経済が一方にあり、他方に国家資本主義があるはっきりした構図ではない。中間に位置する国々があり、また1つの国の中でも産業分野ごとに政府の関与に濃淡がある」

 ――米政府も特定の分野に対しては、中国政府のように振る舞う傾向があると。

 「そう。ただ米国と中国では、大きな違いもある。中国では国家が企業を支配するが、米国では企業が国家を支配する傾向がみられる。企業は多額なロビー活動の資金を投じて事実上、規制や政策を左右し、企業が寡占もしくは初期の独占企業のように振る舞うことを可能にしている。他の企業の利益を損なう動きで、とりわけ外国企業は不利益を被る」


■Gゼロは始まったばかり

 ――リーダー不在の国際秩序を「Gゼロ」と命名したのが約4年前。その後の世界は、どう動いてきたとみますか。

 「Gゼロの傾向はますます強まっている。Gゼロの原因には米国、その同盟国、そして新興国の大きく3つの要素がある。まず米国に関しては外交上の不手際が、米国の対外コミットメントへの覚悟に疑問を投げかけた。最近の例では、化学兵器の使用疑惑を受けた対シリア制裁のぶれが挙げられる。中国が一方的に防空識別圏を設定した直後の米政府の姿勢も、日本に懸念を抱かせた。オバマ大統領が本気で外交政策に取り組んでいないのは明かだ。むろんイラクやアフガンでの失敗から、米国民が不毛な戦争の泥沼を避けたがっているのをよく理解してのことだろう。米シェール革命を受けて米国内で原油を大量生産できるようになったことも、米国民の外交への無関心を助長している」

 「米国の同盟国はどうか。ドイツが欧州のリーダーとしての力を強めたことは、米国と欧州の協力を以前より難しくしている。ドイツは世界を商業的な観点からみる傾向がある。例えば対中関係でも、米国が地政学、安全保障も含めた全体像をみて対応するのと対照的に、ドイツは2国間の通商関係という狭い視野でとらえがちだ。フランスも政権が戦後で最も不人気で、今は国内問題で手いっぱいだ。米国とより親密な英国も、スコットランドの分離独立問題などで忙しいうえ、他の欧州連合(EU)各国との距離もある」

「一方、新興国は20年前、10年前、あるいは5年前と比べても力をつけた。だが彼らの多くは米国とは政策の優先順位も価値観も明確に異なる。最たる例が中国で、責任のある大国として振る舞うよう求める米国にノーとの立場をとり続けている。今後も中国は存在感を増すし、欧州では政治、経済面の混乱が続く。米国でもオバマ政権はあと2年続く。Gゼロはまだ序の口といえる」

 ――冷戦期より世界は不安定にみえます。どんなリスクが想定されるでしょう。

 「米国が覇権をもっていた世界に比べ、Gゼロの世界は安全でなくなった。冷戦期はキューバ・ミサイル危機のような核戦争の危険もはらんではいたが、それさえ回避すれば総じて安定していた。Gゼロの世界はもっと不安定だ。大国間の戦争はないだろうし、第3次世界大戦も起きないだろうが、各地で戦闘は頻発し、難民も増える。過激派、無法国家や独裁者が活動する余地も広がった。ロシアや中東地域、イスラム過激派を含めたテロ組織など危機の震源地はさまざまだ」


■大規模危機が新秩序生む?

 ――Gゼロの世界はどのくらい続き、その後どのような秩序が生まれるとみますか。

 「Gゼロは永遠には続かないし、冷戦のように何十年も続くとは思わない。ただ次の秩序が見え始めるまであと5年、ともすると10年はかかるかもしれない。次にどんな秩序ができるか占ううえで、大事な要因の1つが米中関係の行方。もう一つが、残りの国々が、どのような役割を果たすかだ」

 「個人的には米中関係はやや悪化するだろうとみている。経済面では関係改善の余地があるが、政治、安全保障、文化面では関係を悪化させる要因が多い。一方、米中以外の他国が果たす役割は、より大きくなるはずだ。米国も中国も、長期間にわたり大きな役割を担いたいと思っていないからだ。その結果、直近の半世紀に比べれば、インドや日本、ドイツといった国々が、世界秩序の中で果たす役割が増すだろう」

 ――何がGゼロを転換させるきっかけとなるでしょうか。

 「2つのシナリオが考えられる。まず中国がより強くなるのに伴い、米国も他国が定めたルールや機構を受け入れるシナリオだ。つまり米主導の世界からのパワーバランスの転換を反映した新たな制度や機構が作られ、体制が少しずつ進化する展開だ」

 「もう1つが、手に負えない大きな地政学的な危機が起き、国際社会やその一部が、何らかの新たな秩序を構築せざるを得ない事態に追い込まれるシナリオだ。きっかけはイラクやシリアなどの中東地域の紛争かもしれない。南シナ海での争い、北朝鮮の内部崩壊を受けた米中の争いなど、アジア地域が震源になる可能性も否定できない。気候変動による想像を絶するような大災害が引き金になるかもしれない。エボラ・ウイルスのような病原菌の大規模な拡散や、制御不能なサイバー戦争などで、各国が協調して対応せざるを得なくような事態だってありうる」

 ――つまり触媒ですね。新秩序のもとで米国の役割はどうなるでしょう。

 「そう。きわめて大規模な危機が、新たな秩序を誕生させる触媒になる可能性がある。もっとも新秩序のもとで米国が以前のような地位を回復することはない。米主導の世界秩序は終わった。世界ではグローバル化とアメリカ化が並行して進んできたが、グローバル化は進行する一方、アメリカ化の時代は過去のものとなった。G7(主要7カ国)体制とも呼ばれた秩序は、その実、米国が友好国を巻き込む形で率いた“G1プラス”だった。だが今や、それ以外の国々の力が大きく膨らんだ。中国が国内改革に成功すれば単独で米国によるG1再構築を阻むことができるし、仮に失敗しても米経済への打撃はあまりに大きく、G1再構築ところではなくなる」


■米国は“小粒”なリーダーに?

 ――米国は、リーダーの座を降りるということでしょうか。

 「米国は今後も指導力を保つだろうが、問題はそれがどの程度の範囲に及ぶかだ。西半球にとどまるのか。アジアに焦点を絞り、欧州への関与を減らすのか。同盟国全体を視野に入れるのか、一部に限定するのか。環太平洋経済連携協定(TPP)は米国の指導力の1つ方向性だ。アジア太平洋地域での米軍事力の強化もそうだ。一方、北大西洋条約機構(NATO)は10年先を見通せば、残っていないかもしれない」

 「もう1つ大事なのは米国がどんな手段で指導力を発揮するかだ。つまり一国主義をとるのか、多国参加型で指導力を発揮するのかだ。金融面での優位をてこに、他国に言うことを聞かせようとするのか。監視やサーバー能力を使って方針に従うよう迫るのか。それとも他国を巻き込み、新たな安全保障の秩序や、経済、ネットなどにかかわる新たな基準やルールを共同でつくろうとするのか。どうなるかは、まだ見えてこない」

 ――米政府内で、ある種の方向感は出つつあると思いますか。

 「オバマ政権は、外交戦略を遂行したがっていない。国内での政策を優先するために大統領に選ばれたとの意識が強いからだ。クリントン前国務長官は外交戦略を実施しようとしたが、政権を去った。オバマ大統領の外交政策は基本的にリスク回避型だ。受け身であり、米国の出番を限定しようとしている。だから政権内で米国の指導力のあり方や、その方法について意思が統一されているとは思えない」

 ――来年は次の大統領選に向けた論戦が本格化します。外交政策への影響は。

 「対外政策は、大統領選の主要な論点になるとみている。ふつう米有権者は大統領選で外交問題にそう関心を払わない。しかしクリントン氏が出馬すれば、オバマ大統領の下で外交を担った彼女の役割に注目が集まり、共和党は大統領の失敗の責任を押しつけようとする。当然、今後の対外政策のあり方にも影響するだろう」

 「ただ、大統領は米外交政策を左右する要素の1つにすぎない点に留意すべきだ。確かに米大統領は外交政策に大きな力を発揮するし、有能な外交チームや議会の支持があればなおさらだ。だが、外交政策はしばしば米国民からの反対に直面する。米国では社会の格差が広がり、多くの米国人は対外介入的な戦略は自分たちのためにならなかったと感じている。米外交政策において大統領の役割は大きいが、できることには限りがある」


■ゴルバチョフは間違い

 ――ゴルバチョフ元ソ連共産党書記長など多くの人々が、米国とロシアの間で新冷戦が起きると懸念を表明しました。

 「ゴルバチョフ氏は間違っている。キッシンジャー元米国務長官、キャメロン英首相などもそうした趣旨の発言をしているが、新冷戦は起きないだろう。まずロシアには以前のような力がない。第2に欧州各国はロシアとの対立で経済への悪影響が広がっており、本気で米国を支持しない。第3に米国も本音ではウクライナ問題などを巡って戦う気はない。プーチン・ロシア大統領は冷戦を欲しているが、米国は戦いを望んでいない」

 「第4に、仮にプーチン大統領がやり過ぎれば、中国がなだめるだろう。中国はロシアが米国を世界中で敵に回すような事態は望んでいない」

 ――なぜでしょう。

 「中国は今は根気よく待つのが得策だからだ。経済は成長しており、人口も13億を超える。黙っていても、各国が寄ってくる。経済力、軍事力のほか、それなりのソフトパワーもあり、在外中国人の力もある。戦争や対立に身を投じなくても国力も影響力も強まり、思う通りに事態を動かせるようになる。国が衰退し、5年後、10年後の力が今日より小さくなるロシアとは違う。中国にしてみれば、順調に航海中の船をあまり揺さぶらないでほしいとの思いだろう。ロシアが少しばかり米国を困らせるのは構わないが、問題児のようにはなってほしくないのだ」


■「米中冷戦」に懸念

 ――将来、米中間で冷戦が起きる可能性はあるのでしょうか。

 「長期では、米中の冷戦のほうが大きな心配事だ。今日はそう深刻な事態ではないが、5年後、10年後のポストGゼロの世界で、米国と中国が決定的に異なる2つのブロックに分かれる可能性は十分にある」

 ――中国は米国と肩を並べる超大国になるのでしょうか。

 「そうはならない。例えば10年先をにらめば、中国は米国をしのぎ最大の経済大国になっているだろう。だが軍事力は米国のほんの小さな割合にとどまる。技術力も、エネルギーの生産力も、外交力も、ソフトパワーも、文化力もしかりだ。大学の水準も米国にはるかに及ばず、国民1人あたりの生活水準も、まだまだ低水準だろう。だから中国は超大国になっても、経済規模だけが突出した超大国にとどまる」

 ――イスラム国の増勢にみられるように、イスラム過激派が力を増し、西側先進国の若者を勧誘する動きもみられます。西側の民主主義へのアンチテーゼにも映りますが。

 「イスラム国は、国家を宣言したことで大きな間違いを犯した。領土をもったことで、それを防衛し、統治する必要が生じている。その負担は大きく、成功させるのは難しいので、わりと早い段階で彼らは断念することになるだろう。そして、もとのテロ組織に戻るだろう。テロ組織としては、彼らはこれまでで最も力が強く、資金も潤沢で、武器も豊富で、訓練もされている。世界中から人々を集めるだけの能力もブランド力もあり、きわめて危険だ。その危険が最も直接に及ぶのは、中東だ。欧州でも失業した若者らの不満が募り、イスラム教徒の移民がうまく社会に同化していないから影響が及ぶ。だから心配ではあるが、米国、日本、その他の西側の民主主義国全体が挑戦を受けるとは思わない」

(聞き手は米州総局編集委員 西村博之)

 イアン・ブレマー氏 米スタンフォード大で博士号(旧ソ連研究)。1998年に世界の政治リスクを分析する調査会社ユーラシア・グループ設立。著書「『Gゼロ』後の世界」で主導国のない時代を、「自由市場の終焉」で資本主義と国家資本主義の相克を論じた。45歳。

Thứ Bảy, 27 tháng 12, 2014

松本清張『黒い空』は、「河越夜戦」が舞台。#2



 「ここでいよいよ小田原北条家の登場です。鎌倉の北条執権と区別して史家は後北条とも呼んでいますな
 講師は、文章でいうなら章変り、講釈師なら張り扇を一つ叩くような調子で、肩を上げ、マイクを握りなおした。
 「両上杉はいつまでもマゴマゴしてはいられない。すなわち、大きな旋風が西のほうから襲ってきました。それがすなわち伊勢新九郎長氏で、のちの北条早雲です」
 婦人会員たちがうなずく。
 「時間がないので、有名な北条早雲のことは、残念ながら省略します」
 講師、またジュースを飲む。熱がしだいに入る。
 「とにかく北条早雲くらい人心収攬のうまい、人情を心得た、あるいはそれを利用した男も珍しいです。もとはといえば素性もわからぬ裸一貫の男、それが二百の農民兵をもって起ったのです。戦国時代は応仁の乱からではなく、北条早雲からはじまるという史家の説もあるくらいでしてな」
 オートバイの爆音がバスの横を駆け抜けて通った。
 「さて、あの暴走族のオートバイのように話の先を急ぐとしましょう」
 講師は、ジュースを飲んだせいで、額に出た汗にハンカチを当てた。
 「早雲は関東を握るには頼朝いらいの鎌倉を攻めねばならないと思い、三浦半島を押さえている豪族を攻めて、その日のうちに鎌倉に入りました。そのときが@@@八十一歳でした。両上杉管領も逃げ出したあとの鎌倉は荒れ果てて嘗ての面影はありません。早雲は玉縄城を築いて武蔵攻略の拠点とします。玉縄城はいまの大船駅のあたりです。ここにいくつかの支城もつくり、堅固なものにしました。あとは早雲の得意の調略で、武蔵国の根拠地にある両上杉を反目させ、古河公方を操り、政略結婚で手なずけるなどして上手に懐柔する。早雲が八十八歳で死んだのち、その子氏綱によって扇谷上杉の江戸城は落ちました。河越城も陥落しました。こうなると山内上杉もあんかんとしていられない。自分のほうが危なくなる。いろいろとあるうちに氏綱が死んで、氏康があとを継いだ。二十七歳の青年武将です。十六歳の初陣いらい、不敗の将です」
 講師はひち息入れる。
 「山内上杉憲政は、扇谷上杉朝定と手を握り、古河公方足利晴氏をも引き入れ、天文十四年秋、北条綱成が守る河越城を、八万の軍勢をもって攻め寄せました。けれども落ちません。綱成は籠城です。半年経って、翌年四月になって小田原城から北条氏康が八千の供回りの兵を率いて相模平野を急ぎ北上、多摩川を渡って、武州に入り、府中を経由して河越城近くに達しました。両上杉と公方連合軍八万、北条軍は八千、十対一。十倍の敵を前にして、氏康勝算ありや否や。……ここでその次第を詳しく申し上げます。面白うございますよ。この合戦。さあ、いよいよ河越の合戦。合戦じゃ。……」
 口がマイクに近づきすぎて、声が割れた。
 
 空にカラスが啼く。
 ――先刻からバスの胴体に身体をぴたりと押しつけるようにして、車内から流れるマイクの説明を聞いている男がいた。講師の話にうなずいたり首をかしげたりして、なかなか熱心であった。
 空にカラスの声が旋回する。五、六羽は飛んでいるらしい。
 ガア、ガア、ガア。
 啼き声がうるさくて講義がつづけられない。
 二十数名の男女参加会員はくすくすと笑う。思わぬ小休止に、アイス・ボックスから男性はビールの缶をとり出し、婦人はジュース缶の口を開く。
 「先生、お疲れさま。ま、お一つ」
 六十年配の痩せた長身の品のいい男がビールを両手でさし出したが、
 「や、これは恐縮。しかし、ぼくはいまお話をしている最中でして、あとで頂戴します」
 講師は遠慮した。
 そのうちカラスもどこかへ散って啼き声は遠のいた。
 「どうやら静かになったようですが、あのカラスはどこからくるのですか」
 講師は邪魔を入れるカラスのことをきいた。
 「このへんの森じゃないですか。カラスはどこにでもおりますから」
 婦人の一人が云った。
 「東松山か狭山あたりの山かもしれませんよ。秩父にはカラスが多いと聞きましたが、秩父はちょっと遠すぎますからね」
 男子会員が云った。
 「ま、とにかくカラスが帰ってくれてよござんした。では途切れた話を再開しますかな」
 「よろしお願いします」
 バスの胴体に身体をこすりつけて立っていた男も、マイクの声がふたたび流れ出ると知って聞き耳を立てた。鳥打ち帽を目深にかむった茶色の革ジャンパーにカーキ色のズボンの男だが、やや猫背であった。車内の一同は車体にヤモリのように吸いついている恰好のこの人物に気がつかない。
 「では、はじめます。さて、河越城を預かるのは北条方の勇将で黄八幡の異名をとる北条綱成、部下は三千。食糧を十分に蓄えて、山内上杉憲政、扇谷朝定それに古河公方足利晴氏の連合軍の攻撃にたいして半年間も籠城して、よく耐えました。北条氏康がすぐに救援に駆けつけられなかったのは、氏康が今川義元とことを構えていたからで、武田信玄も義元と連盟していました。北条の兵力の大部分をそっちの前線へ配備しておかなければならなかったのです。敵に河越城を囲まれてから半年も経ってやっと救援に出動したのは、信玄が義元と組んで駿河国安部郡に出兵して氏康を牽制したためで、氏康はそれにも防備をしなければならず、供回りの八千の兵しか連れて行けなかったのは、そんな苦しい事情からです」
 一同、手帖にメモする。
 「当時の河越城は現在の位置と変わりませんが、規模はおそらく三分の一くらい。だが、太田道灌の築城だけに要塞堅固、難攻不落の名城です。入間川と荒川が外辺を大きくめぐって流れ、内側を赤間川、いまの新河岸川ですが、その赤間川がとり巻いている。東南は湿地帯で、西北は草茫々の原野、攻めるは最も困難です。司令官格の山内憲政の陣はここから南にあたる砂久保の地に、扇谷朝定の陣は北なる東明寺橋付近、すなわち、みなさんがバスですわっていらっしゃる現在地のこのへんに陣地をかまえました」
 一同、バスの窓からあらためて外の景色を見まわした。
 「古河公方の陣地はどこだかわかりません。『関八州古戦録』とか『新編武蔵風土記』などの記事にも出てきません。しかし、いずれにしても三方から河越城を指呼のあいだに臨んだ陣地で、八万の大軍がとりかこんだ。北条綱成いかに鬼神とはいえ城兵三千にすぎぬ、籠城まさに半年、疲労困憊、落城は日に日に迫り来て、いまや風前の灯……」
 一同、バスのクッションから膝を乗り出す。
 「山内憲政の陣のある砂久保の南二里に達した籠城兵救援の北条氏康は、書を憲政に送りました。すなわち、城将綱成以下城兵の命は助けてもらいたい、さすれば河越城は進上するであろう、と。これを読んだ憲政はカンラカンラと打ち笑い、助命の願いなど聞かずとも城は明日にでもわれらの手で討ち取ってくれるわ、とアタマから相手にしません」
 「…………」
 「氏康は重ねて書を送り、そこを何とか曲げてご承諾のほどをと辞を低くして懇願し、誠意を示すために小田原寄りの府中まで軍勢を引き返しました。攻撃軍はこのありさまに、さすがの氏康も、八万のわれらに八千の少数では手が出ぬわい、あれ、あのとおりスゴスゴと逃げるわ、逃げるわ、とどっと嘲笑します。一方、府中に野営した氏康は、夜半になると兵を非常呼集した。その晩は曇天です。氏康は兵に松明を持たせず、重い鎧も捨てさせ、蹄の音やいななきを聞かれるのを恐れて馬にも乗せず、命じて曰く、敵の首は斬り取るな、首を斬るぶんだけ手間がかかる、敵兵は斬り捨てよ、と斬り込み隊を編成。足音を忍ばせ、河越へむかってヒタヒタと押し寄せたり。……」
 張り扇がトン、トンと聞かれそう。
 「こちらは管領山内憲政の砂久保の本陣、氏康勢が退却して、すっかり油断して熟睡しております。そこを不意に襲われた。なにしろ闇の中です。何が何だかわからぬうちに顔を切られ胸を刺され腹を突かれて、ばったばったと仆れる。恐怖のうちにも、名にし負う北条氏康の兵の来襲とわかると、もうパニック状態、阿鼻叫喚の血の池地獄です。氏康という男は戦闘のたびにみずから陣頭に立ち、そのため向こう疵のことを氏康疵といって将士が名誉としたくらいです。山内軍の主力は大混乱のうちにたちまち崩れて潰走をはじめる。大将であり、連合軍総司令官の上杉憲政、友軍の扇谷朝定部隊や古河公方部隊に知らせるどころか、領国の上州平井城、いまの藤岡市をめさして走り去ります。総司令官みずからが敵前逃亡ですから、ひどいものです」
 マイクの声はますます勢いに乗る。
 「これを暁闇の中に城内の物見櫓から眺めた北条綱成の籠城組、その望楼はたぶん現在も土塁だけが残っている富士見櫓でしょう。綱成、半年ぶりに城門を真一文字に開かせ、黄八幡の旌旗を押し立て三千の城兵で包囲軍の古河公方隊に向かって打って出ました。綱成も名にし負う猛将です。この側面からの攻撃を受けて、何条もって堪りましょうや、公方晴氏部隊も総崩れとなって、先を争い古河へと遁走いたしまする。……」
 一同、息を呑む。
 「最期はこの東明寺付近の扇谷朝定の軍隊です。氏康の斬り込み隊がこれに襲いかかる。砂久保の山内憲政部隊のパニックがこっちへまわってきたわけです。氏康勢は南の砂久保からまわって北へ現れた。で、ここもたちまち混乱状態。大将の扇谷上杉朝定は二十二歳の青年です。補佐役の勇将難波田憲重は東明寺の井戸に落ちて死ぬ始末。扇谷方は完全に潰滅です。その戦死者の数は計算ができない。ここに哀れをとどめたのは、朝定です。朝定が戦死したのはたしかにこのへんとわかっているが、いまだにその遺体のありかがわからない。それっきり扇谷上杉家は絶えました。江戸時代から明治時代の記録によると、このへんから四百体とか五百体とか、あるいは六百体の人骨が出たとあります。みんな扇谷方の戦死者です。……」
 講師は、しんみりとした声になり手を合わせた。
 「ヨーロッパでは一七世紀の三十年戦争で、ボヘミア出身の傭兵隊長ワレンシュタインとスウェーデンのアドルフ王とがドイツのリュッツェンというところで猛戦闘を行いました。負けたスウェーデン王の遺体は兵士の死骸の山の底からやっと見つけだされたそうです。けど、管領扇谷上杉朝定の死体はいまだに発見されないのですから、スウェーデン王以上の悲劇です」
 会員一同もまた合掌した。
 このとくき、ふいにバスの出入り口の外から声がかかった。
 「ああ、まことにけっこうなお話を承りまして、ありがとう存じました」
 これが不意のことだったので、バスの中の一同は、ぎょっとして開いているドアから昇降口の下を見た。そこにはハンティングに茶色のジャンパー、カーキ色のズボンといったこのへんのゴルフ場で見かけるような風采の男が、帽子のひさしにちょっと手を当て、小腰をかがめていた。
 「どうも失礼。いえわたしは、この近くの入間郡の百姓ですが、河越の夜戦については日ごろから疑問に思っていることがあります。どなたかにお訊ねしようもなかったのですが、いま先生のお話をはからずもそこで洩れ承りまして、もしお許しを願えるなら少々ご教示をおねがいしとうございますが」
 講師もとまどい気味でいる。
 「お見うけいたしますと、どうやらカルチュア・スクーリングの現地ご講演のご様子、みなさんにご迷惑でしょうが、ほんの一〇分ばかり、わたくしめにお時間を頂けますれば、ありがたき次第でございます」
 会員から拍手が起こった。
 「どうも、どうも。お許しをいただいて、お礼申し上げます」
 男はまた鳥打ち帽のひさしに手を当てて腰を折った。そのひさしに額の半分が黒い影になっている。日差しは強かった。
 「どういうことでしょうか」
 講師も仕方なしに昇降口の近くにきた。見知らぬ人を車内に入れる気はないようだった。
 「北条氏康の軍勢が、山内上杉の攻城軍の陣取る砂久保へ夜襲をかけてきたことはどの本にも書いてあります。通説でございますから、先生もそうおっしゃいました」
 男はステップの下に立っていた。
 「そうです」
 講師は上から見下ろして答えた。
 「しかし、それはすこしおかしいと思います。砂久保はいまでこそ住宅が建って新開地となっていますが、四百四十数年前の当時は、草茫々の原野のはずです。人家も飲料水もない。攻城軍八万のうち、主力軍を約四万五千とみて、両上杉軍の四万五千の兵がどうしてそんな原野に半年間も野営生活できたでしょうか?」
 講師は返答に詰まった。云われてみると、そのとおりである。自分はただ本に書いてあるとおりをしゃべったまでである。本の定説や通説をまるごと信じていた。疑いもしてなかった。
 「城を攻めるときは、それが長くかかると、対城を築くとか、寺院を臨時の軍営にするのが普通です。秀吉が小田原城攻めのときは、箱根の湯本に対城を築いたのは有名でございますな。ところが、河越城攻めには両上杉とも対城を築いてはおりません」
 鳥打ち帽の男は云った。
 「だから、わたしは、山内上杉軍も扇谷上杉軍も、古河公方軍もそれぞれ河越の町なかの寺院を占拠して、ここを対城がわりの陣営としていたと思いますよ」
 「どこの寺ですか」
 講師は気を呑まれて問い返した。
 「それはあとでわたくしの推定を申上げますけど、その前にお教えねがいたいことがあります」
 「はあ」
 講師は早くも要心の色を見せた。
 「それはですね、扇谷朝定隊のいるこの東明寺の陣地へ北条氏康勢が来襲したということでございますが、それは氏康軍が砂久保にいた山内憲政隊を破ったのち、足場の悪い赤間川、おっしゃるとおり現在のこの新河岸川でございますな、この川に沿って時間をかけて迂回し、北端の東明寺陣に達して扇谷朝定隊と戦い、これを潰滅させたのでしょうか」
 講師はまた詰まった。本にはそう書いてある。しかし、云われてみると、少数の氏康軍が二手に分散してそのような大迂回をして敵の圧倒的な大軍を各個撃破したとは考えられない。扇谷隊だけでも約三万はいたろう。公方軍は五千くらい。
 なるほど当時の赤間川沿いは、北にまわるほど湿地帯になっていた。暗夜の歩行。足を泥濘にとられての大迂回となる。少数の氏康手兵の斬り込み隊が扇谷軍の陣地到達に一瞬を争うときに、そんな愚かな各個撃破作戦をとるだろうか。
 定説、通説のまる呑みの講師は唸った。
 「わたくしが思いますに」
 男は謙虚な調子でつづけた。
 「氏康勢は、河越の南入り口と中央部、札の辻あたりを中心にしたあたりをかためた山内上杉軍を襲撃したと思います。山内軍は暗夜に不意を衝かれて大混乱、闇の市街戦を演じたものの、早くも浮足立ち、上州平井城さして潰走をはじめました。もし、四万五千の山内隊がもうすこし頑張っていれば、その背面にあたる北部の東明寺陣地に拠る扇谷上杉隊三万もあのような悲惨なことにはならなかったでしょう。だが、前面にあたる山内上杉隊、しかも主力であり、司令部の憲政軍が早くも敵前逃亡したのですから、そこは真空地帯になっております。その真空地帯へ、勝ち誇る氏康の率いる豆相の精兵八千の斬り込み隊が一直線に進撃して東明寺へ押しよせたからたまりません、扇谷隊はこれをモロに受けて全滅したのでありましょう。それでなくては、大将上杉朝定の戦死体がわからないという悲劇にはならないと思います」
 鳥打ち帽は一気に云うと、講師を見上げ、
 「先生、いかがなものでしょうか」
 猫背をかがめた。
 「ううむ」
 この男の云うほうが定説や通説よりも理屈に合っている。北条氏康の兵は河越の南から侵入、市内の中央に陣地を占める攻城軍の主力山内上杉隊を襲って市街戦を行い、これを大混乱に陥れて逃走させた。氏康軍は山内隊という大きな障害物をとり除いたので、そのまま市内を一直線に北上、市内の北端東明寺付近の扇谷上杉隊に殺到した。――なるほど、なるほど。これだと筋が通る。
 これまで読んだ「河越の夜戦」は、どうも曖昧なところがあった。質問されて、その矛盾に気がつく。記述が曖昧なのは、史料の不足のせいか、従来の歴史家の推論が充分でないためか、あるいは中央の史家が地方の地形に通じていないため、いい加減にお茶を濁してきた結果か。少なくともこの男の云うほうが、史家の説よりも科学的だと講師は思った。
 「まったく、おっしゃるとおりだと思いますよ」
 講師は昇降口の上から恭々しく頭を下げた。
 「いえいえ、そんなたいそうな者ではありません。百姓でございますよ。ただね、わたくしの先祖の家もこの旧東明寺村にありましたが、明治のころに畑を開墾するとき、白骨が二十体ほど出てまいり、それをきっかけに村役場の手で広く掘ってみるとよその土地からも合わせて四百体の白骨が出たと聞いております。みんな扇谷上杉方の戦死者だろうということになったおります。ま、そんなことが動機で、この土地の生まれですから、河越の夜戦に興味をもって、自分なりに考えてきたわけでございます。もちろん素人考えでございますが」
 「とんでもない。立派な専門知識です。やはり土地に通じておられるからですね。ところで、さきほど河越城を包囲した攻撃軍は半年間も砂久保などの原野に野営するわけはない、かならず市中の寺院を占拠して、そこを陣営にしていたはずと云われましたね。そのお説にも、眼を開かれました。これまで河越の夜戦で史家がすこしもふれてないことです。その寺院とは、どこでしょうか」
 「わたくしが思いますに、市内元町の養寿院でしょう。扇谷上杉軍はおの東明寺です。このとき東明寺は兵火に遇い、焼け落ちました。古河公方軍の陣営は喜多院だったと思います。公方軍は戦わずして古河へ逃げたのです。喜多院は九年前の天文六年に北条氏綱が幼主の上杉朝定が守る河越城を取るときの戦いで兵火にかかった堂宇が小規模ながら仮に再建されていたようです」
 「…………」
 「それにしても残念なのは山内憲政の行為、司令官のくせに戦場から逸早く離脱逃走したばかりに、この東明寺陣の扇谷軍はみなごろしに遇いました。しかも、先生のお話のように、二十二歳の若き君主朝定の遺体はいまだ知れず。おおかたこのへんの畑か土地の下に骸となって埋もれているか、発掘された何百という雑兵の白骨の中に混じっているのかもしれません。……南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
 男は合掌した。
 「先生。ではこれで失礼します。みなさん、せっかくのところをお邪魔いたしました。お許しください」
 腰を大きく前に折ると、すたすたと東明寺橋のほうへ歩いて行った。
 カラスはもう啼かなかった

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

<北条氏康>と<上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏>の戦い

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
【武蔵=1546年4月20日】
北条綱成(つなしげ)の救援に出陣した北条氏康(うじやす)が、夜襲で扇谷(おうぎがやつ)上杉・山内上杉連合軍を大敗させた。扇谷上杉の当主朝定(ともさだ)は戦死。同家の滅亡がほぼ確定した。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

対戦者 北条氏康、北条綱成 VS 上杉憲政、上杉朝定、足利晴氏

関東を支配する3つの勢力と北条氏の台頭

Thứ Năm, 25 tháng 12, 2014

健美医リンク



◆ 記数英
My 介護の広場

◆ あ
◆ か
がん情報サービス  国立がん研。がんの冊子あり。


おくすり検索 Yahoo!HC

◆ さ◆ た◆ な
◆ は
病院
    病院を探す Yahoo!HC
◆ ま◆ や◆ らわ

Thứ Ba, 23 tháng 12, 2014

「地方創生」には、何が必要なのか。大前研一


▶「地方創生」には、何が必要なのか。大前研一  【※】引用抜粋


 中央から地方にカネを注ぎ込んでうまくいったのは、日本が中進国だった高度成長期だけである。

そもそも「地方自治」の原則について記された憲法第8章には、「地方自治体」という言葉はない

代わりに「地方公共団体」と書かれている。
地方公共団体とは、すなわち独自財源はおろか、司法、立法、行政の三権も持っていないことを示す。
都道府県や市区町村は“霞が関の下請け機関”にすぎないということが憲法に明記されているわけだ。

安倍政権が本気で地方を創生したいなら、中央のカネを地方に分配するのではなく、まず今は国の出先機関にすぎない地方に独自財源と三権を持たせて、本来の意味の「自治体」(すなわち地方政府)を作る改革が大前提となる。
それが地方の自治と自立、そして創生を実現するための最初の作業となるはずだ。

地方が衰退する理由は中央政府にその全責任がある。
統治機構や自治権拡大の意思が全くないからで、識者を集めて七夕飾りの短冊みたいな「アイデア集」を作ってみても慰み以上の成果は期待できない。  
当該案件に関しては「戦略」ではなく「組織」の変革以外に永続的な解決策はない。

※SAPIO2015年1月号 引用抜粋


細川護熙(もりひろ)が語っていました。
熊本県知事時代にバスの停留所を3メートル移すことが、
熊本県ではできない。
彼が国政に参加する要因に、バスの停留所も県や市ではできない、
ことがありました。

Chủ Nhật, 21 tháng 12, 2014

安倍首相の女性活躍 「輝く社会」めざすなら。男女共同参画。信毎2014/12/21

あすへのとびら: 安倍首相の女性活躍 「輝く社会」めざすなら

引用・太字 :信毎、12月21日

 安倍晋三首相は第2次政権で女性の積極登用を売り物の一つにしてきた。第3次政権に向けての自公連立合意にも「すべての女性が輝く社会の実現」を盛り込んだ。
女性政策はこれからも政権の看板であり続ける。

 解散前の衆院に提出し廃案になった女性活躍推進法案は、女性登用の数値目標と行動計画を作って公表することを企業に義務付ける内容だった。
2020年に指導的地位に占める女性の割合を30%にするのが目標だ。

 日本は女性の地位では他国に大きく見劣りする。スイスのシンクタンク世界経済フォーラムの男女格差報告では、136カ国のうち格差の小さい方から数えて105番目。女性の地位向上はやり残している宿題の一つである。取り組むことに異論はない。

 安倍政権の女性政策で気になることがある。
第一に、経済成長のために女性の力を動員する発想が見え隠れすること
第二に、指導的地位に縁遠い大多数の女性への目配りが弱いことだ。

 第2次政権の時の「骨太方針」で、女性活躍は「成長戦略」の項目に入っている。シングルマザーや事実婚の女性を支援する施策は見当たらない。

 政府の視野には、能力に恵まれ結婚して子どもをつくる女性しか入っていないかのようだ。


   <どこまで本物か>

 「輝く女性と首相は言うが、輝きたくても輝けない、生活に追われ苦しんでいる女性にどんな施策を講じるのかそれこそが本質的な課題ではないか」

 先の国会での野党議員の質問だ。うなずく人は多いだろう。

 そもそも首相は、女性が置かれた状況についてどんな問題意識を持っているのだろう。これが至って分かりにくい。まとまった形の言及が見当たらない。

 著書「新しい国へ」で女性に触れた記述は、ジェンダーフリーについて論じた部分にある。

 首相はジェンダーフリー教育に疑問を投げかける。同棲(どうせい)、シングルマザー、同性愛カップルなどを「多様な家族形態の一つ」と学校で教えるのは行き過ぎだ、と。そして「家族、このすばらしきもの、という価値観を尊重すべきだ」と力説する。

 ジェンダーとは社会的、文化的な性差を指す。生物的な性差と対比される。ジェンダーフリーとは簡単に言えば、理屈に合わない女性差別をやめようという話だ。家族の価値の否定ではない。

 ジェンダーフリーは世界で積み重ねられてきた女性解放、差別解消の取り組みに立脚している。日本では1986年の男女雇用機会均等法、99年の男女共同参画基本法を経て、政府の女性政策の基本理念になってきた。

 首相が著書で披歴する見解は、ジェンダーフリーの意味するところを曲解した暴論だ。

 首相の周辺には男女共同参画に否定的な人が多い。

 首相がNHK経営委員に起用した埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏は「生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的」とのコラムを新聞に発表、「共同参画と相いれない」と首相が国会で追及される事態を招いた。首相が第2次政権で閣僚に起用した山谷えり子、高市早苗両氏はジェンダーフリー教育反対の急先鋒(せんぽう)だ。

   <多様さの尊重こそ>

 こうした顔ぶれを見ると、首相の女性重視がどこまで本物か、疑問がわく。「女性が輝く社会」を目指すと言われても素直にはうなずけない。

 首相が本当に「女性が輝く社会」を目指すなら、家族のかたちや働き方を含め、多様な価値観を持つ女性の一人一人が個性を発揮できる基盤づくりにこそ力を入れるべきだ。賃金の男女格差を解消する、保育所を増やす、シングルマザーの暮らしを支援する、といったことだ。男性が生きやすい社会にもつながる。

 廃案になった女性活躍推進法案は審議が一からのやり直しになる。女性の力を成長に利用する発想をやめて、男女共同参画の理念を踏まえた内容に組み替えるべきだ。保育所の待機児童解消に向けた支援策、男性も育児を担うための労働時間短縮など、やるべきことはたくさんある。

 〈婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する〉。憲法24条だ。

 自民党が2年前に発表した改憲草案はこの規定から「のみ」の2文字を削った上で、前段に「家族は互いに助け合わなければならない」とする条文を加えている。

 改憲案のこの条項については、結婚に家長の許可が必要だった旧民法の「家」制度の復活につながらないか、育児や介護を女性に押しつける結果にならないかと、女性団体などが懸念を示している。首相の考えを聞きたいところだ。

*     *     *

女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム