小江戸「川越」に現存する本丸御殿。 太田道灌が築いた巨大な唐破風屋根が出迎え
2014.11.9 産経新聞
時の鐘や蔵づくりの町並みで知られ、江戸の面影を残す埼玉県の小江戸川越。観光客で通年にぎわいをみせるが、日本百名城の一つに数えられる川越城も本丸御殿が現存し、人気のある観光スポットの一つだ。しかし、川越城に関連した遺構は本丸御殿だけではない。歩いて回れる距離に往時をしのぶ遺構が集中していると聞き、川越市役所を起点に遠足気分で散歩してみた。
川越城西大手門があった市役所。現在は耐震改修工事中で周囲を覆われているが、川越城を造った太田道灌(どうかん)公の像と大手門跡の碑は見ることができる。
歩くこと10分。木立に覆われた高台が現れ、ジグザグに曲がる石段を登ると、住宅1戸の敷地にも満たない狭い更地があった。天守閣のない川越城で最も高い場所にあり、物見と防戦の役目を担った富士見櫓(やぐら)の跡地。櫓は今、跡形もなく、うるさいほどのヒヨドリの声に包まれていた。
当時の絵図によると、富士見櫓は三層の櫓。県が現地に立てた解説板には江戸末期の測量記録として、規模を長さ八間三尺(約15メートル)、横八間(約14メートル)と記してある。川越市は再建を検討するが、具体化する見通しはない。
富士見櫓から住宅街を少し歩くと、杉やイチョウの大木を両脇に従えた参道が現れる。天神さまと呼ばれる三芳野神社。童謡「とおりゃんせ」発祥の地とされている。
川越城は太田道真、道灌父子が長禄元(1457)年、築城した。その際、古くから信仰を集める同神社を城内に取り込んだ。江戸期の歴代城主も崇敬し、城内にありながら年2回、一般の参詣を許したという。江戸後期の紀行文「遊歴雑記」では1月25日に川越城南大手門を入り、櫓を横目にお参りした様子が記されている。いかにも「ここはどこの細道じゃ天神さまの細道じゃ」と歌われた世界が見えてくるようだ。
三芳野神社のすぐそばが本丸御殿。平成23年3月にリニューアルした巨大な唐破風(からはふ)屋根が出迎えてくれた。嘉永元(1848)年に建立された当時は16棟の建物があり、城主の住まいであり、政務も行われた。明治になると移築・解体され、現在残るのは玄関と広間、使者の間などわずか。それでも、本丸御殿が現存するのは全国で高知城とここ川越城しかない。
家老詰所は明治初期に解体・移転され、長くふじみ野市にあったが、昭和62年に川越市に寄贈され、今は本丸御殿の隣に移築されている。
取材に協力してくれた川越市立博物館教育普及担当の天ケ嶋岳主査(49)によると、本丸御殿では現代の医師が江戸時代にタイムスリップするドラマ「JIN-仁-完結編」の手術シーンなどが撮影されたという。家老詰所の縁側に座って庭を眺めていると、なにやら江戸時代の風が吹き抜けた気分に陥った。
本丸御殿で休憩した後は、川越城の堀跡が見学できる中ノ門堀跡に寄り、市役所に戻った。手元の歩数計は約6千歩。見学に時間をかけた、1時間半ほどの遠足だった。(石井豊)
川越城本丸御殿 埼玉県川越市郭町2の13の1。入館料一般100円、高校・大学生50円、中学生以下無料。午前9時~午後5時(入館は4時半まで)。休館日は原則月曜と年末年始。JR川越線・東武東上線川越駅東口、西武新宿線本川越駅からバス(蔵のまち経由)で「札の辻」下車徒歩約10分。関越道川越インターチェンジから約15分。【問】川越市立博物館(電)049・222・5399。
Thứ Hai, 10 tháng 11, 2014
Chủ Nhật, 9 tháng 11, 2014
広がるラジオ体操の輪。川越・喜多院の場合
川越・喜多院では、ラジオ体操は、25年前から今の篤志家が続けています。
先日、毎日自宅からラジオを担いで円陣の中に立つ代表が何十年ぶりの欠席となりました。
おうちにご不幸があったそうです。
誰言うともなくお志の集いが体操の輪のあとにできました。
喜多院は「小江戸川越菊まつり」の場となっていますので、
菊まつりの幕をお借りしてのお知らせでした。
喜多院には、駅向こうの新宿(あらじゅく)や南方の砂久保から毎日馳せ参ずる方もします。
| 菊まつりの幕をお借りしての即席の「志の箱」 |
ラジオ体操後に関係者を囲んでの寄り合い |
| 25年間の裏方。2014/11/10 |
私・桑原政則は、喜多院のラジオ体操を7年前に見知り始め、散歩を加えて最近精を出しています。
ラジオ体操 第1
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【川越市広報】
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ラジオ体操。美容・筋肉維持に効果
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認知症カフェ設置相次ぐ 川越市は4倍
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【川越市広報】
広がる!ラジオ体操の輪! |
広がる!ラジオ体操の輪 ラジオ体操は、ストレッチ、筋肉トレーニング、有酸素運動で構成された効率の良い全身運動です。 ラジオ体操を継続的に実践している人たちを対象とした、全国規模の調査・研究結果では、体内年齢や血管年齢、骨密度など、健康状態を示す数値が良好であることが明らかになっています。 市内では、ラジオ体操が毎日行われている会場が増えてきています。地域のラジオ体操に参加してみませんか。 ラジオ体操会場一覧
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ラジオ体操。美容・筋肉維持に効果
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認知症カフェ設置相次ぐ 川越市は4倍
認知症カフェ設置相次ぐ 川越市は4倍 。日経。2014/11/7
埼玉で認知症カフェ設置相次ぐ 川越市は4倍
日経 2014/11/7
埼玉県内の自治体が、認知症の高齢者を抱える家族を支援する「認知症カフェ」を相次ぎ設置している。認知症患者や家族が集まり、専門家や地域の住民が相談に乗る拠点で、川越市は昨年度から約4倍に増やした。深谷市も11月下旬に設置する。県内では今後、全国でもトップクラスのスピードで高齢化が進む。地域での存在感は大きくなりそうだ。
川越市は認知症の高齢者や家族らが集う認知症カフェの開催場所を10月までに市内16カ所に広げた。昨年度までは4カ所で開いていたが、利用者からの要望もあり、市内全域に拡大した。今年度予算に関連経費として約140万円を盛り込んでいる。
カフェは公民館などでそれぞれ月に1回程度開き、認知症の高齢者や家族に加え、社会福祉士などの専門家や地域の住民らも参加する。1回に10~20人程度が集まり、お茶やコーヒーを飲みながら、雑談したり家族同士が悩みを相談し合ったりする。専門家のアドバイスも受けられる。参加費は100円程度の場所が多い。
川越市は2013年1月ごろから社会福祉法人などが運営する地域包括支援センターを中心に認知症カフェを始めた。首都圏では先行的な取り組みで、都内や県内の自治体関係者らの視察が相次いでいるという。
他の自治体でもこうした取り組みが広がりつつある。深谷市は月内に市内の大学やボランティア団体と連携して認知症カフェを設ける。27日に市内にある東都医療大学の学生食堂で始め、月に1回開く方針だ。同市の担当者は「認知症の高齢者や家族が安心して集える場を作りたい」と話す。
さいたま市でも今年度から市の事業に位置づけ、地域包括支援センターを中心に5カ所程度で開いている。三郷市も今年度から始め、現在は3カ所に広げた。春日部市も昨年から1カ所で開催している。同市は「歩いて行ける場所に集える場があることが理想。今後は数を増やしていきたい」としている。
厚生労働省の推計では介護が必要な認知症の高齢者は12年時点で305万人で、2025年には470万人に増える見通しだ。県は14年時点でこうした高齢者が県内に16.5万人いると推計している。
厚労省も施設中心の施策から地域で支え合う仕組みを構築する方針に転換しており、13年度からの認知症対策の計画では認知症カフェを推進する方針を盛り込んでいる。
日経 2014/11/7
埼玉県内の自治体が、認知症の高齢者を抱える家族を支援する「認知症カフェ」を相次ぎ設置している。認知症患者や家族が集まり、専門家や地域の住民が相談に乗る拠点で、川越市は昨年度から約4倍に増やした。深谷市も11月下旬に設置する。県内では今後、全国でもトップクラスのスピードで高齢化が進む。地域での存在感は大きくなりそうだ。
川越市は認知症の高齢者や家族らが集う認知症カフェの開催場所を10月までに市内16カ所に広げた。昨年度までは4カ所で開いていたが、利用者からの要望もあり、市内全域に拡大した。今年度予算に関連経費として約140万円を盛り込んでいる。
カフェは公民館などでそれぞれ月に1回程度開き、認知症の高齢者や家族に加え、社会福祉士などの専門家や地域の住民らも参加する。1回に10~20人程度が集まり、お茶やコーヒーを飲みながら、雑談したり家族同士が悩みを相談し合ったりする。専門家のアドバイスも受けられる。参加費は100円程度の場所が多い。
川越市は2013年1月ごろから社会福祉法人などが運営する地域包括支援センターを中心に認知症カフェを始めた。首都圏では先行的な取り組みで、都内や県内の自治体関係者らの視察が相次いでいるという。
他の自治体でもこうした取り組みが広がりつつある。深谷市は月内に市内の大学やボランティア団体と連携して認知症カフェを設ける。27日に市内にある東都医療大学の学生食堂で始め、月に1回開く方針だ。同市の担当者は「認知症の高齢者や家族が安心して集える場を作りたい」と話す。
さいたま市でも今年度から市の事業に位置づけ、地域包括支援センターを中心に5カ所程度で開いている。三郷市も今年度から始め、現在は3カ所に広げた。春日部市も昨年から1カ所で開催している。同市は「歩いて行ける場所に集える場があることが理想。今後は数を増やしていきたい」としている。
厚生労働省の推計では介護が必要な認知症の高齢者は12年時点で305万人で、2025年には470万人に増える見通しだ。県は14年時点でこうした高齢者が県内に16.5万人いると推計している。
厚労省も施設中心の施策から地域で支え合う仕組みを構築する方針に転換しており、13年度からの認知症対策の計画では認知症カフェを推進する方針を盛り込んでいる。
武蔵観研例会の規則
武蔵観研例会の規則
- 開始時刻には余裕をもってお集まりください。
- 携帯電話は、マナーモードに設定してください。
- 受講中に気分が悪くなった場合は、係員までお知らせください。応急処置のみとしします。
Thứ Bảy, 8 tháng 11, 2014
詩吟。
1 富士山 石川丈山
富士山 石川丈山 #2
富士山 石川丈山 #3
富士山 石川丈山 #5
仙客きたり遊ぶ 雲外のいただき
神龍栖み老ゆ 洞中のふち
雪はガン素の如く 煙は柄の如し
白扇さかしまに懸かる 東海の天
2 偶成 朱熹 #1 音声のみ
偶成 朱熹 #1 小原雄太郎
偶成 朱熹 #2 泉田泉芳
偶成 朱熹 #3 =音声のみ
少年老い易く 學成り難し
一寸の光陰 輕んず可からず
未だ覺めず 池塘春草の夢
階前の梧葉 已に秋聲
3 春を探る 戴益
盡日 春を尋ねて 春を見ず
杖藜 踏破す 幾重の雲
歸來 試みに 梅梢を把って見れば
春は枝頭に在りて 已に十分
4 芳野 藤井竹外
古陵の松柏 天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば 春寂寥
眉雪(びせつ)の老僧 時に帚くことをやめ
落花深き處 南朝を説く
5 太田道灌蓑を借るの図 大槻磐渓
孤鞍(こあん)雨を衝(つ)いて 茅茨(ぼうし)を叩く
少女 爲(ため)に遺(おく)る 花 一枝(いっし)
少女言わず 花 語らず
英雄の心緒亂れて 絲の如し
6 不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す 頼山陽 #2
鞭聲肅肅 夜河をわたる
曉に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨十年一劍を磨き
流星光底 長蛇を逸す
武田節/三橋美智也 武田節藤本華之将
石原詢子 詩吟 「川中島」 (武田節)
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1 富士山 石川丈山
仙客来遊 雲外巓
神龍棲老 洞中渕
雪如丸素 煙如柄
白扇倒懸 東海天
仙客來り遊ぶ 雲外の巓 せんかくきたりあそぶ うんがいのいただき
神龍栖み老ゆ 洞中の淵 しんりゅう すみおゆ どうちゅうのふち
雪はガン素の如く 煙は柄の如し ゆきはがんそのごとく けむりはえのごとし
白扇倒に懸かる 東海の天 はくせん さかしまにかかる とうかいのてん
【字解】
仙客 仙人
雲外巓 雲の上につき出た山頂
洞中淵 ほら穴の中にある水を深々とたたえたところ
カン素 白い練り絹 雪の白さをたとえる
白 扇 白い扇 富士山の姿をたとえたもの
【意解】
雲の上にそびえる富士山の頂きを見ていると、(その神聖な姿に)仙人も舞い降りて遊ぶであろうかと思われる。
さらにまた、老いた神竜がほら穴の淵に棲んでいるかとも思われる。
下界から仰ぎ望んでみると、雪は白い練り絹のように真っ白であり、立ちのぼる噴煙は、あたかも扇の柄のように見える。
まるで白い扇が東海の空にさかさまに懸かっているようで、まことに雄大で美しい眺めである。
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2 偶成 朱 熹(しゅき)
少年易老 學難成
一寸光陰 不可輕
未覺 池塘春草夢
階前梧葉 已秋聲
少年老い易く 學成り難し しょうねんおいやすく がくなりがたし
一寸の光陰 輕んず可からず いっすんのこういん かろんずべからず
未だ覺めず 池塘春草の夢 いまださめず ちとうしゅんそうのゆめ
階前の梧葉 已に秋聲 かいぜんのごよう すでにしゅうせい
【事解】
偶 成 偶然にできた、という意味
光 陰 日陰、時間のこと
池 塘 池のつつみ
階 前 きざはしの前 玄関先の意
梧 葉 桐の葉 梧は青桐
【意解】
若者は年をとり易く、学問はなかなか完成しにくい。だから少しの時間でも軽々しくしてはならない。さて、池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、庭先の青桐の葉には、もう秋の声が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうのである。
(【cf.】http://youtu.be/zLjGcFyjRhk)
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春を探る 戴益
3 春を探る 戴益
盡日春を尋ねて 春を見ず
杖藜踏破す 幾重の雲
歸來 試みに 梅梢を把って見れば
春は枝頭に在りて 已に十分
【字解】
盡 日 じんじつ。朝から晩まで 終日
杖 藜 じょうれい。あかざの杖をつくこと
【意解】
一日中、春を探ね歩いたが春らしい風景を見る事ができない。
杖をつき山野(さんや)の雲を踏みわけたが徒労におわった。
家に帰って何気なしに梅の枝をとってみると、いつのまにか蕾もふくらみ春の訪れをみせている。
【備考】
この詩は禅の悟りの境地を示すものとして、古来有名である。
【cf.】http://www.kangin.or.jp/what_kanshi/kanshi_A44_3.html】
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芳野 藤井竹外
【読み方】
4 芳野 藤井竹外
古陵の松柏 天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば 春寂寥
眉雪(びせつ)の老僧 時に帚くことをやめ
落花深き處 南朝を説く
【字解】
古 陵 古い御陵のことで ここでは後醍醐天皇の御陵のこと
松 柏 松と柏ともに常緑樹である
天 天から吹くつむじ風
山 寺 山の中の寺 ここでは如意輪寺のこと
寂 寥 周囲が静かでさびしいこと
眉雪老僧 眉毛が雪のように白い老僧
輟 帚 箒ではいているのをやめて
【意解】
吉野を尋ねて、後醍醐天皇の古い御陵の前に来ると、松や柏の大木は、空吹くつむじ風 にすさまじいうなり声をたてている。
この山寺の如意輪寺のあたりに春景色を尋ねてみると、桜の花もおおかたは散り落ちて人影もなく、寂しい限りである。
折りから眉の白い老僧がしばらく掃くことをやめて、落花の散り敷いたところで、南朝の昔物語をして下さったのには、 ひとしお感慨深いものがあった。
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5 太田道灌 蓑を借るの図 大槻磐渓
孤鞍(こあん)雨を衝(つ)いて 茅茨(ぼうし)を叩く
少女 爲(ため)に遺(おく)る 花 一枝(いっし)
少女言わず 花 語らず
英雄の心緒亂れて 絲の如し
【通釈】
一騎の武者が驟雨の中、かやぶき家の門を叩き、
蓑を貸してくださいと頼む。
その家の娘は、ただ八重山吹の花の一枝を差し出し、
八重山吹には実がならない意を借りて、蓑の無いことを暗示したのである。
娘は何も言わず、もちろん花は何も語らず、意味が分からない。
さすがの英雄、道灌も心がもつれた糸の様になり困惑してしまった
【太田道灌(1432~1486頃)】
室町時代の武将で、江戸城の築城者として名高い。
少女の差し出した「花一枝」の意味を解さなかった道灌は
大いに面目無く思い、また後悔し、
これより和歌を学び始め、文武両道の武将になったという。
【【cf.】http://fukulasuzume.at.webry.info/201205/article_17.html】
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不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
【漢詩】
6 不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
鞭聲肅肅 夜河をわたる
曉に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨十年一劍を磨き
流星光底 長蛇を逸す
鞭聲粛粛 夜過河
暁見千兵 擁大牙
遺恨十年磨一劍
流星光底逸長蛇
【読み】
鞭聲肅肅夜河を過る
(べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる)
曉に見る千兵の大牙を擁するを
(あかつきにみる せんぺいの たいがをようするを)
遺恨なり十年一劍を磨き
(いこんなり じゅうねん いっけんをみがき)
流星光底長蛇を逸す
(りゅうせいこうてい ちょうだをいっす)
【意味(通釈) 】
馬の鞭の音さえもたてないよう、上杉謙信軍は静かに夜に乗じて川を渡った。
夜が明けると武田軍の目の前までに迫っていた。
しかし長い年月で磨き上げた謙信の腕前もかいなく、流れ星のごとく一瞬の差で、信玄を打ち逃がしてしまった。
・・・・・・・・・・・
【解説】 不識庵は越後の上杉謙信、機山は武田信玄、ともにその法号である。
両雄の川中島での戦いは1553年の第一回から、最後は1561年の5回に及んでいる。
この詩は山陽が自分の[日本外史]の資料から謙信の胸中に同情する形で作られている。
【通訳】 上杉謙信の軍はひっそりと鞭音も立てない様にして、夜の内に千曲川を渡って川中島の敵陣に攻め寄せた。
武田側は明け方霧の晴れ間に上杉方の大軍が大将の旗を中心に守りながら迫ってくるのを見つけた。
この戦いでは謙信は信玄を討ちとることができなかったが、その心中を察すると、誠に同情にたえない。
この十年の間一ふりの剣を研ぎ磨いて、その機会を待ったのであるが、うち下ろす刀光一閃の下に、ついに強敵信玄をとり逃がしたのは無念至極なことであった。
【【cf.】http://www.tansou.com/waka_tanka/kobetu_no_uta/husikiankizan.html 音声あり】
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「静夜思」李白
発声練習
高い声の出し方 #1 #2
喉が絶対枯れない歌い方教えます! 吉田
富士山 石川丈山 #2
富士山 石川丈山 #3
富士山 石川丈山 #5
仙客きたり遊ぶ 雲外のいただき
神龍栖み老ゆ 洞中のふち
雪はガン素の如く 煙は柄の如し
白扇さかしまに懸かる 東海の天
2 偶成 朱熹 #1 音声のみ
偶成 朱熹 #1 小原雄太郎
偶成 朱熹 #2 泉田泉芳
偶成 朱熹 #3 =音声のみ
少年老い易く 學成り難し
一寸の光陰 輕んず可からず
未だ覺めず 池塘春草の夢
階前の梧葉 已に秋聲
3 春を探る 戴益
盡日 春を尋ねて 春を見ず
杖藜 踏破す 幾重の雲
歸來 試みに 梅梢を把って見れば
春は枝頭に在りて 已に十分
4 芳野 藤井竹外
古陵の松柏 天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば 春寂寥
眉雪(びせつ)の老僧 時に帚くことをやめ
落花深き處 南朝を説く
孤鞍(こあん)雨を衝(つ)いて 茅茨(ぼうし)を叩く
少女 爲(ため)に遺(おく)る 花 一枝(いっし)
少女言わず 花 語らず
英雄の心緒亂れて 絲の如し
6 不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す 頼山陽 #2
鞭聲肅肅 夜河をわたる
曉に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨十年一劍を磨き
流星光底 長蛇を逸す
武田節/三橋美智也 武田節藤本華之将
石原詢子 詩吟 「川中島」 (武田節)
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1 富士山 石川丈山
仙客来遊 雲外巓
神龍棲老 洞中渕
雪如丸素 煙如柄
白扇倒懸 東海天
仙客來り遊ぶ 雲外の巓 せんかくきたりあそぶ うんがいのいただき
神龍栖み老ゆ 洞中の淵 しんりゅう すみおゆ どうちゅうのふち
雪はガン素の如く 煙は柄の如し ゆきはがんそのごとく けむりはえのごとし
白扇倒に懸かる 東海の天 はくせん さかしまにかかる とうかいのてん
【字解】
仙客 仙人
雲外巓 雲の上につき出た山頂
洞中淵 ほら穴の中にある水を深々とたたえたところ
カン素 白い練り絹 雪の白さをたとえる
白 扇 白い扇 富士山の姿をたとえたもの
【意解】
雲の上にそびえる富士山の頂きを見ていると、(その神聖な姿に)仙人も舞い降りて遊ぶであろうかと思われる。
さらにまた、老いた神竜がほら穴の淵に棲んでいるかとも思われる。
下界から仰ぎ望んでみると、雪は白い練り絹のように真っ白であり、立ちのぼる噴煙は、あたかも扇の柄のように見える。
まるで白い扇が東海の空にさかさまに懸かっているようで、まことに雄大で美しい眺めである。
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2 偶成 朱 熹(しゅき)
少年易老 學難成
一寸光陰 不可輕
未覺 池塘春草夢
階前梧葉 已秋聲
少年老い易く 學成り難し しょうねんおいやすく がくなりがたし
一寸の光陰 輕んず可からず いっすんのこういん かろんずべからず
未だ覺めず 池塘春草の夢 いまださめず ちとうしゅんそうのゆめ
階前の梧葉 已に秋聲 かいぜんのごよう すでにしゅうせい
【事解】
偶 成 偶然にできた、という意味
光 陰 日陰、時間のこと
池 塘 池のつつみ
階 前 きざはしの前 玄関先の意
梧 葉 桐の葉 梧は青桐
【意解】
若者は年をとり易く、学問はなかなか完成しにくい。だから少しの時間でも軽々しくしてはならない。さて、池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、庭先の青桐の葉には、もう秋の声が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうのである。
(【cf.】http://youtu.be/zLjGcFyjRhk)
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春を探る 戴益
3 春を探る 戴益
盡日春を尋ねて 春を見ず
杖藜踏破す 幾重の雲
歸來 試みに 梅梢を把って見れば
春は枝頭に在りて 已に十分
【字解】
盡 日 じんじつ。朝から晩まで 終日
杖 藜 じょうれい。あかざの杖をつくこと
【意解】
一日中、春を探ね歩いたが春らしい風景を見る事ができない。
杖をつき山野(さんや)の雲を踏みわけたが徒労におわった。
家に帰って何気なしに梅の枝をとってみると、いつのまにか蕾もふくらみ春の訪れをみせている。
【備考】
この詩は禅の悟りの境地を示すものとして、古来有名である。
【cf.】http://www.kangin.or.jp/what_kanshi/kanshi_A44_3.html】
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芳野 藤井竹外
【読み方】
4 芳野 藤井竹外
古陵の松柏 天ぴょうに吼ゆ
山寺春を尋ぬれば 春寂寥
眉雪(びせつ)の老僧 時に帚くことをやめ
落花深き處 南朝を説く
【字解】
古 陵 古い御陵のことで ここでは後醍醐天皇の御陵のこと
松 柏 松と柏ともに常緑樹である
天 天から吹くつむじ風
山 寺 山の中の寺 ここでは如意輪寺のこと
寂 寥 周囲が静かでさびしいこと
眉雪老僧 眉毛が雪のように白い老僧
輟 帚 箒ではいているのをやめて
【意解】
吉野を尋ねて、後醍醐天皇の古い御陵の前に来ると、松や柏の大木は、空吹くつむじ風 にすさまじいうなり声をたてている。
この山寺の如意輪寺のあたりに春景色を尋ねてみると、桜の花もおおかたは散り落ちて人影もなく、寂しい限りである。
折りから眉の白い老僧がしばらく掃くことをやめて、落花の散り敷いたところで、南朝の昔物語をして下さったのには、 ひとしお感慨深いものがあった。
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5 太田道灌 蓑を借るの図 大槻磐渓
孤鞍(こあん)雨を衝(つ)いて 茅茨(ぼうし)を叩く
少女 爲(ため)に遺(おく)る 花 一枝(いっし)
少女言わず 花 語らず
英雄の心緒亂れて 絲の如し
【通釈】
一騎の武者が驟雨の中、かやぶき家の門を叩き、
蓑を貸してくださいと頼む。
その家の娘は、ただ八重山吹の花の一枝を差し出し、
八重山吹には実がならない意を借りて、蓑の無いことを暗示したのである。
娘は何も言わず、もちろん花は何も語らず、意味が分からない。
さすがの英雄、道灌も心がもつれた糸の様になり困惑してしまった
【太田道灌(1432~1486頃)】
室町時代の武将で、江戸城の築城者として名高い。
少女の差し出した「花一枝」の意味を解さなかった道灌は
大いに面目無く思い、また後悔し、
これより和歌を学び始め、文武両道の武将になったという。
【【cf.】http://fukulasuzume.at.webry.info/201205/article_17.html】
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不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
【漢詩】
6 不識庵機山を撃つの図に題す(川中島) 頼山陽
鞭聲肅肅 夜河をわたる
曉に見る 千兵の大牙を擁するを
遺恨十年一劍を磨き
流星光底 長蛇を逸す
鞭聲粛粛 夜過河
暁見千兵 擁大牙
遺恨十年磨一劍
流星光底逸長蛇
【読み】
鞭聲肅肅夜河を過る
(べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる)
曉に見る千兵の大牙を擁するを
(あかつきにみる せんぺいの たいがをようするを)
遺恨なり十年一劍を磨き
(いこんなり じゅうねん いっけんをみがき)
流星光底長蛇を逸す
(りゅうせいこうてい ちょうだをいっす)
【意味(通釈) 】
馬の鞭の音さえもたてないよう、上杉謙信軍は静かに夜に乗じて川を渡った。
夜が明けると武田軍の目の前までに迫っていた。
しかし長い年月で磨き上げた謙信の腕前もかいなく、流れ星のごとく一瞬の差で、信玄を打ち逃がしてしまった。
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【解説】 不識庵は越後の上杉謙信、機山は武田信玄、ともにその法号である。
両雄の川中島での戦いは1553年の第一回から、最後は1561年の5回に及んでいる。
この詩は山陽が自分の[日本外史]の資料から謙信の胸中に同情する形で作られている。
【通訳】 上杉謙信の軍はひっそりと鞭音も立てない様にして、夜の内に千曲川を渡って川中島の敵陣に攻め寄せた。
武田側は明け方霧の晴れ間に上杉方の大軍が大将の旗を中心に守りながら迫ってくるのを見つけた。
この戦いでは謙信は信玄を討ちとることができなかったが、その心中を察すると、誠に同情にたえない。
この十年の間一ふりの剣を研ぎ磨いて、その機会を待ったのであるが、うち下ろす刀光一閃の下に、ついに強敵信玄をとり逃がしたのは無念至極なことであった。
【【cf.】http://www.tansou.com/waka_tanka/kobetu_no_uta/husikiankizan.html 音声あり】
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「静夜思」李白
発声練習
高い声の出し方 #1 #2
喉が絶対枯れない歌い方教えます! 吉田
Thứ Sáu, 7 tháng 11, 2014
天海僧正は、なぜ評判よかった?
天海が評判がよかった理由には、天海の豊富な学識、見事な論理があります。
呪術、占いへの信用も高かったようです。
異常なほどの長寿も評価を高めていました。
他人の罪を将軍、幕府に働きかけて許してもらったこともあります。
大久保忠隣(ただちか)、江戸城消失の罪を問われた酒井忠世、医師・片山宗哲、沢庵宗彭(たくあんそうほう)らのために罪の軽減を願い出ています。
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