“百寿者” 知られざる世界
~幸せな長生きのすすめ~ 2014年10月15日 NHKクローズアップ現代
【まとめ】
・百寿者が急増しています。・80代を過ぎると今の暮らしを肯定的に捉える感情や人生への満足感が高まっていくことが分かってきました。・百寿者の多くが多幸感を感じています。・百寿者の多くが見えない人々とのつながりを感じ、孤立感を抱いてはいない。・長寿の謎を解く手がかりとして、アディポネクチンと呼ばれるホルモン物質の存在が浮かび上がってきました。・アディポネクチンは、動脈硬化を抑える作用や糖尿病を抑える効果が認められています。【動画】
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「大川さん、今幸せですか?」
大川ミサヲさん(116)
「うん。」
世界最高齢、116歳の大川ミサヲさんです。
生まれたのは、第3次伊藤博文内閣が発足した1898年。
今、こうした100歳を超える高齢者から元気で長生きする秘けつを探る研究が始まっています。
4人に1人が65歳以上、超高齢社会を迎えた日本。
100歳以上の高齢者、百寿者も過去最多。
およそ5万9,000人に上ります。
現役医師 日野原重明さん(103)
「100歳はもう当たり前。
最低限度です、100歳は。」
身体機能の低下など、誰もが不安を感じる老い。
しかし、1,000人規模の百寿者への聞き取り調査からこれまでの常識が覆り始めています。
老年的超越と呼ばれる豊かな精神世界に生きていることが明らかになったのです。
研究者
「加齢に伴って幸福感は高まる。」
最新研究から見えてきた百寿者の知られざる世界。
超高齢社会の新たな処方箋です。
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急増“百寿者” 変わる老いの常識
家族と離れ都内の老人ホームで暮らす日高帝(ひだか・てい)さん、110歳です。
日高帝さん(110)
「どうもありがとう。」
「いかがですか?」
日高帝さん(110)
「はい。」
3年前から車いすの生活ですが、ふさぎ込むことはありません。
日高帝さん(110)
「毎週ここへはお茶飲みに参ります。
ここへ来るとほっとしますから。」
70歳を過ぎても海外旅行を楽しむなど活動的だった帝さん。
週に1度しか外出できなくなった今も、毎日、幸せを感じるといいます。
「東京オリンピックを楽しみにしているのよね?」
日高帝さん(110)
「そう。」
「見に行きたい?」
日高帝さん(110)
「行きたい、出ます。」
急増する百寿者。先月(9月)、都内で百寿者を研究する専門家が集まり、シンポジウムが開かれました。
大阪大学の権藤恭之(ごんどう・やすゆき)准教授です。
これまでの研究から老いの常識を覆す事実が分かってきたと発表しました。
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「100歳の方を見ていると、体の健康と心の健康は必ずしも関係しない。」
権藤さんは、15年前から70代から100歳以上まで1,500人の高齢者に面会し聞き取りを行ってきました。
調査してきたのは、老年期の幸福度の変化。
今の生活に不安はないか、自分の状態をどのように受け止めているかなど75項目の質問から探っています。
すると、意外な事実が浮かび上がってきました。
身体機能の低下にもかかわらず、
80代を過ぎると今の暮らしを肯定的に捉える感情や人生への満足感が高まっていくことが分かったのです。
中でも権藤さんが注目しているのは、
百寿者の多くが多幸感、つまり、ありとあらゆることに幸せを感じているということです。
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「こんにちは。」
この日、権藤さんが調査したのは105歳の足立峻(あだち・たかし)さん。
3か月前まで散歩を日課としていましたが、足腰の痛みで1人で外出することが難しくなったといいます。
ベッドで寝て過ごすことが多くなりましたが、峻さんも百寿者に特有の多幸感を持っていることが分かりました。
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「もし戻れるとしたら何歳ぐらいに戻りたい?」
足立峻さん(105)
「やっぱり現在のままで。」
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「今、自分の生活に満足していますか?」
足立峻さん(105)
「はい、大満足です。」
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「若いときと比べたら今の状態は良いですか?」
足立峻さん(105)
「はい、今が大変幸せです。」
こうした独特の心理状態は、老年的超越と呼ばれています。
70代のころまでは持ちやすいというできない自分を認めたくないという感情や老いや死に対する不安。
足立峻さん(105)
「皆さんの苦労に感謝していただきます。」
しかし、
さらに年を重ねるとそうした否定的な感情や不安は薄れ、穏やかで幸せな気持ちに包まれるというのです。
峻さんの今の楽しみは、通信販売のカタログショッピング。
足立峻さん(105)
「これかな。」
「じゃあ印つけとこうか。」
できないことが増えても、できることに喜びを見い出すのも老年的超越の大きな特徴です。
15年前に妻を亡くし、今では近所づきあいも減った峻さん。
権藤さんの調査によると、
百寿者の多くが見えない人々とのつながりを感じ、必ずしも孤立感を抱いているわけではないことも分かってきました。
足立峻さん(105)
「周りの方、事物一切のもののおかげを受けていると思いますから、このように生きさせてもらって不思議です。
感謝感激です。」
老年的超越と呼ばれる精神世界。高齢者の多くが住んでいる場所や家族構成などにかかわらず、同じ感情を抱く傾向にあるといいます。
大阪大学人間科学部 権藤恭之准教授
「高齢期というのは、非常に特殊な時期だと思われて、ネガティブなことだけが起こっていく特殊な時期じゃないかというふうにイメージされていることが多いけれど、決してそうではなくて、悪い側面もあるけれど、明るい側面もある。
若さを追い求める、若さを保つことだけが年をとるいい条件ではないことを明確にできれば。」
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急増“百寿者” 変わる老いの常識
ゲスト広瀬信義さん(慶應大学百寿総合研究センター)
●ある年齢を越えると多幸感が高まる傾向が強いという結果も?
権藤先生たちが、科学的に老年的超越ということについて研究されてますので、私はエピソードを中心にお話したいと思います。
確かに長生きされてる方は、幸せな方が多いですね。
ただ、私がお会いした105歳の北海道の方、認知症もないし、施設の方も非常に丁寧にケアされてたんですけれども、やっぱり、やることがなくて、私は1日寝てて、とっても不幸だというふうにお話されてました。
そういう例はあるんですけれども、全体として見ると、やはり幸福だって言われる方が多いと思います。
その理由としては、私なりに考えるとですね、やっぱり達成感を感じてるんじゃないかと思うんですね。
どういうことかっていいますと、やっぱり105歳の女性の方ですけども、普通の方は子どもは夢があって楽しい、幸せだって言うけれども、私は子どもの夢はあくまでも夢であって、実現されてない。
私は自分の夢を実現してきたんで、今は幸せだっていうふうに言われてました。
(どういう夢を実現した方?)
それは、いろんなことがあると思います。
女性の方だと、一般的にいって、うまく家庭を築いてきたとかっていうことがあるんですけども、別に家庭を築いたことだけではなくて、いろんなことがあると思います。
●自分の死や老いを受け入れられるようになるのか?
そうですね、結構、受け入れてるように思われる方おられましてですね、この106歳の栃木県の男性ですけれども、やっぱりベッドに寝たきりの方でしたけども、しみじみと、人は年をとると、人の世話にならなきゃいけないんだなっていうことを言われてました。
やっぱり受け入れる方、多いんじゃないかなと思います。
●多幸感を感じる高齢者 環境的な面で共通点はあるのか?
そうですね、まず、主観的な幸福感を考える前に、やっぱりその方が、ちゃんとした環境で生活されているのかって、やっぱり非常に大切だと思うんですね。
私がお会いした中では、かなり1人ぼっちで、お部屋の中で生活されている方がおられたんですけども、幸せですかってお聞きしたら、まあまあですって言われたんですね。
それはでも、はたから見てるとやっぱりそれはあんまりよくないことだろうと思うんで、やっぱりある程度の環境が整ったところで、幸せかどうかっていうことを調べる必要があると思いますね。
●最高齢の大川さんとも会った?
今朝、午前中お会いしまして、私、1年前にもお会いしたんですけども、やはり少し衰えていらっしゃって、施設の方もそういうご意見でした。
私が一番、やっぱりよかったなと思うことは、オカダさんという施設の方、またスタッフの皆さんが、非常に丁寧にケアされてたんですね。
息子さんも一緒に立ち会ってくれてたんですけども、やっぱり、こういう施設に入らなければ、こんな長生きできなかったってことをお話になってて、やっぱり施設でも、家族でも、どこでも場所は同じだと思います。
やっぱりあと、もう1つ、100歳の方の特徴としては、見守りをされてる方がおられるんじゃないかっていうのは特徴だと思われます。
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急増“百寿者” 長寿の秘密を探れ
元気に100歳を迎えるためにはどうすればよいのか。
慶應大学百寿総合研究センターの新井康通(あらい・やすみち)医師です。
細胞レベルで老化のメカニズムや病気の耐性を調べ、長寿の謎を解明しようとしています。
百寿者800人以上の血液を集め、分析。
長寿の謎を解く手がかりとして、
アディポネクチンと呼ばれるホルモン物質の存在が浮かび上がってきました。
血液中に分泌される
アディポネクチンは、動脈硬化を抑える作用や糖尿病を抑える効果が認められています。
百寿者の血液にはアディポネクチンが、ほかの年代よりも多く存在することが分かってきたのです。
アディポネクチンが長寿にどのように影響しているのか。
新井医師は、さらに分析を進めたいとしています。
慶應大学百寿総合研究センター 新井康通医師
「まだまだ研究しなくてはいけないことが多いですが、糖尿病を予防したり、動脈硬化を抑えることによって、健康寿命を延ばしてくれる、そういう働きを持つ可能性は十分にあると思う。」
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急増“百寿者” 健康な長生きのために
百寿者の医学的な研究が急がれる背景には、長寿国ニッポンが抱える課題があります。
日常生活を自立して送ることができなくなる年齢を示す健康寿命という指標。
日本人の健康寿命は、男性71歳、女性74歳と平均寿命との間に大きな開きがあり、深刻な問題になり始めているのです。
健康寿命をどう延ばしていくのか、各地で模索が始まっています。
男性
「失礼します。」
今年(2014年)3月、都内の病院で新たな検診が始まりました。
エイジマネジメントドック。
健康寿命を延ばすための検診です。
検査は全部で17項目。
将来、寝たきりにならないための十分な筋肉はついているか。
認知機能に衰えはないか。
従来の病気発見型の検診とは異なり、病気の芽を見つけることが狙いです。
東京国際クリニック 森田祐二院長
「寿命は確かに延びているが、寝たきりになって長生きされている方が非常に多い。
健康寿命を延ばしていくということを最終的な目標に掲げている。」
健康寿命を延ばし注目を集めている自治体もあります。
静岡県で最も高齢化が進む川根本町です。
静岡県の平均寿命は男性10位、女性は31位ですが、健康寿命はそれぞれ2位と1位。
中でも川根本町は最も大きな成果を上げているのです。
人口8,000の川根本町。
百寿者は4人ですが、90歳以上は283人います。
その多くが自立した生活を送っているといいます。
町では、以前から健康寿命を延ばすための独自の取り組みを行ってきました。
年に100回以上開催されている健康サロンといわれる集会。
身体機能を低下させないための運動や脳を活性化させるために役立つとされるゲームなどが行われています。
「やったー、やったーイエーイ!」
町で開かれる高齢者向けの行事のスケジュールです。
健康サロンだけでなくグランドゴルフや奉仕活動など、月のほとんどの予定が組まれています。
こうした取り組みに当初から高齢者が自発的に参加していたわけではありませんでした。
担当者
「こんにちは。」
町の担当者が高齢者の家を一軒一軒訪問。
担当者
「(次の行事は)秋の旅行?」
女性
「秋の旅行だけど90歳になったらやめようかと。」
担当者
「え~やめなくてもいいよ、まだ。」
健康状態をチェックするとともに行事への参加を促してきたのです。
この町でお茶の販売業を営んでいた鈴木貢(すずき・みつぐ)さん、89歳と妻、モトさん、88歳です。
70代のころ、突発性難聴を患った貢さん。
体力も衰え、老いへの不安を感じていたといいます。
モトさん(88)
「これ認知症の予防です。」
しかし今、鈴木さん夫婦は多少無理をしてでも町の行事に参加するようにしています。
モトさん(88)
「あら、なんで!」
周囲から刺激を受け、70代のころにはなかった充実感を覚えることが多いからだといいます。
鈴木貢さん(89)
「気持ちが安らいでいるというか穏やかというか、みんなと支えあっているというか、そういうことも1つの長寿の秘けつ。」
静岡県健康増進課 土屋厚子課長
「これからは超高齢社会を乗り切るために健康に過ごしてもらうためには、攻めの健康づくりというか、みんなで知恵を出し合って、いろんなところで健康づくりができていくといい。」
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急増“百寿者” 長寿の秘密を探れ
●百寿者の血液にはアディポネクチンがほかの世代よりも高い?
そうですね。
(どんな役割を果たしている?)
アディポネクチンは、糖尿病を抑えるとか、それから動脈硬化を抑えるとか、炎症を抑えるというような効果があることは分かってます。
私ども、もともと100歳の方の血液データ、あまりよくないんですね。
それでも結構、お元気に過ごされている方が多いんで、なんか病気にならないとか、病気になっても軽くするような、防御物質があるんじゃないかって考えまして、いろいろ検討したところ、アディポネクチンが出てきました。
さっき言いましたように、結構いい作用があるんですけども、これが長期で、5年とか10年にわたってどうなのかってことは、まだあまりよく分かってないと思いますんで、これから調べたいと思ってます。
(物質の量はどれぐらい多い?)
物質の量としては、若い方と比べると、これ、女性のデータなんですけれども、倍です。
●川根本町の健康寿命を延ばすための取り組みについて
まずその前にちょっと虚弱という概念をお話したいんですけれども、健康で長生きするためには、病気にならないのが必要なんですけども、それ以外に虚弱にならないってことが必要だと思ってます。
虚弱っていうのは、年とるとともに、予備能力が下がってきて、いろんな症状が出てくる。
例えば筋肉が衰えるとか、ゆっくり歩くようになるとか、痩せてくるとかっていうのですね。
こういった状況がですね、85歳以上の方の余命に非常に強い影響を与えていることが分かりました。
今、日本老年学会では、虚弱っていう概念について研究を始めました。
今のところ、まだよく分かってないんですけども、栄養と運動が結構いいんじゃないかということがいわれてます。
この川根本町の場合も、ちょうど結果としては、保健婦さんのご活躍で、うまくいってるんじゃないかなって思います。
●今後どういう百寿者の研究を進めていきたいか?
1つは100歳ではなくて、110歳の方、結構、健康長寿じゃないかって考えてます。
100歳の方を調査しますと、今まで人の世話になったので、これからは人のために尽くしたいっていわれる方が多いです。
そういった志を考えまして、慶應の医学部にバイオバンクっていいまして、血液とかなんかをためて、みんなで使えるようなシステムを準備してます。
それで遺伝子とか、老化を抑えるようなものとか、そういったものを明らかにしていきたいっていうふうに考えています。